霧のマチュピチュ 其の壱

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7時、朝食開始30分前に涙をこらえて出立。

天気、曇。

オリャンタイタンボへのバスターミナルまでタクシーで向かう。

着いてすぐにワゴン車に牛のように押し込まれ、そのまま悪路を行く。

南米基準なら悪路とはいえないが、ペルー中にあるあの段差(スピード抑制用か?)とドギツいカーブを意に介さないアウトバーンな運転により辟易。

 

 

1時間半でオリャンタイタンボ駅へ。時刻は9時。

列車は1258分発。臆病な我々は大事を取って早めに来たが、さすがに早すぎたようだ。でも50ドルもする列車に乗り遅れたら、その場で腹を掻っ切るしかない。ペルーの物価とこれからのことを考えると、50ドルのミスは万死に値する。

 

 

駅ではひっきりなしに人々が行き交う。

野菜や卵などを積み込みに行くインディヘナのおばちゃん達がやたら多いが、どこに送るのだろう?冷蔵庫くらいのビニールでぐるぐる巻きにされた物体を背負って坂道を猛スピードで降っていくさまは圧巻である。

人の行き来と残飯を漁る野犬を眺めながら、昨日の余りの林檎をかじる。

暇な時は読書にかぎる。

飛行機やバスの荷台で引っ掻き回されるバックパックの中で鍛えられた文庫本は30年物くらい老けこんでいる。

 

 

 

チェ・ゲバラの遥かな旅 (集英社文庫)

チェ・ゲバラの遥かな旅 (集英社文庫)

 

 チェ・ゲバラの遥かな旅」

今は亡き戸井十月の著作。

なんせ今僕が南米にいるのも、この本を読んでしまったがためなのだ。

チェ・ゲバラとはTシャツでお馴染みの髭面のナイスガイだが、その人生は名匠ソダーバーグですら前後編に分けなければ語りきれなかった20世紀で一番かっこいい男」だ。(ジョン・レノン談)

アルゼンチン人にしてあのカストロキューバ革命を起こし、1000倍以上のバチスタ軍をゲリラ戦法で蹴散らし、大帝国USAの鼻先で社会主義国家を立ち上げた。

さらにキューバで経済大臣までやりながら、その職を辞して貧国のためにジャングルの中を駆けずり回り、最後は処刑された。

 

そんな中二病患者の妄想を実現させ続けた英雄を、中二病まっただ中に知ってしまったが故、仕事を辞めてただいま南米にいるのだった。

そのゲバラは若き頃、南米中を貧乏大旅行している。いろんな人に助けてもらい、いろんな人に嘘をつきながら7ヶ月かけて南米を旅した。

 

 

映画にもなった「モーターサイクルダイアリーズ」はその旅行記である。

若きゲバラが訪れた地に今いるのだ。なんて感慨深きことであろう。

旅の中でゲバラはアメリカや独裁者に搾取され続ける貧しい南米の人々の生活を肌で感じ、のちの革命家としての道を歩む土台となった。

そんなゲバラマチュピチュにも訪れているのだ。

 

 

 

文庫本を読みながら、もしかしたら目の前の道をゲバラが通ったかもしれないと思うとワクワクしてくるのだった。

本がきっかけで新たな世界を知り新たな道が開かれることは大いにあることだが、まさかあの世のゲバラも無職の東洋人がこんなところで「感慨深いなあ。」なんてロマンチシズムに浸り込んでいるとは思うまい。

※僕がこうなってしまった三大禁書「モーターサイクルダイアリーズ」「青春を山に賭けて」「深夜特急」をお子様に読まされる際は十分に注意してください。高い確率で無職になります。旅にでます。日本社会に順応できなくなります。

 

 

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感慨モードのお陰(最高の暇つぶし)で、1258ペルーレイルのブルーの列車は走りだす。たくさんのドルを乗せて。

 

 

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列車の天井は窓になっており、雄大な景色を眺めることができる。行きは左側の窓側が良い。

景色は良いがサンタ・クルス谷などを見てきたため、僕達はそこまでの感動はない。しかし列車に乗るのはかなり久しぶりでガタンゴトンの普遍的なリズムで眠くなって仕方がない。

 

 

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マフィンとインカコーラを美味しくいただきながらも、こんなものはいらないから1ドルでも安くしてくださいとインカの神に祈る。

後ろの席の日本人女性2人組がビデオカメラで自らを撮影しながら、リポーター風に旅の実況中継を行っていた。僕は気づいたら眠っていた。

 

 

 

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マチュピチュ村に到着。

駅から出ると何やら温泉街のような風景。

大きな川にかかる錆びた鉄橋、坂にひしめく宿やレストラン。

そうここは本当に温泉街。

別名アグエス・カリエンテスはスペイン語で温泉という意味だとか。

しかし、その温泉とは日本人が思う湯気立つあの温泉ではないらしい。だいぶぬるいとか。

でもそう考えてみると世界基準からして日本人の温泉のイメージがおかしいのだ。なんせ猿が温泉につかる国。とにかく掘れば石油はでないが温泉が湧いてくる国。刺青さえなければ誰もが癒やされる国、日本。

 

 

ダッシュで向かうはバスチケット売り場。

村からマチュピチュまでの往復バスだ。

ハイラム・ビンガムロードというジグザク坂を20分かけて登るバス。

往復19ドル。

最後の最後まで足元を見てくるその様は、中国かどこかの拷問「足の裏を山羊が舐めちゃう刑」を思い出す。山羊が舐めるだけとおもいきや、山羊さんの舌はかなりのザラザラらしく、罪人の足の裏に塩を塗るだけで無限に肉を小削ぎとっていくという恐怖の刑。そんないやらしさを感じつつも、歩いて登ったら2時間はかかるらしいので泣く泣くドル払い。

 

 

 

とにかくマチュピチュはカネがかかるので失敗はできない。

失敗とは交通手段だけではなく、その日のコンディションも含める。

前日や直前に無理して体調を崩したりするのは怖い。怖いなら金を払って万全に行くしかない。しかし金はない・・・

結局この究極の2択なのだ。楽をするにも安くするにも代償がある。マチュピチュはそんな人生観まで教えてくれるところなのだ。

財布か身体のどちらでリスクを取るか。これには正解はないだろう。僕らは大きな代償を払って、万全な体調でマチュピチュを楽しむことにした。

 

 

 

宿はバスチケット売り場から2ブロックほど坂を登った路地にある「joe inn」というところにした。部屋も広くて綺麗、なぜかWIFIが超速でツイン一部屋40ソル。

しかもこの旅初めてのテレビ付き。見てもスペイン語でさっぱりだが、ミスター・ビーンは楽しめた。

シャワーは5分くらい出したら熱湯が出てくるが、すぐにお水に早変わり。プリンセス天功シャワーと名づけた。

 

 

 

マチュピチュ村は物価が高く、さらに税金までつけるため食費がバカにならないと聞いていた。なので食パンとジャム、RITZを買い込んでいたので今晩は質素な食事となる。

 

すべては明日のために。ただの観光なのに、サッカー日本代表並みのコンディション管理をしながら9時には眠る。