フィッツロイ~セロ・トーレトレッキング 2日目
3月1日
4時には起きて朝日を見ようと話し合っていたが、あまりの寒さで寝袋から這い出ることができず、結局8時に目を覚ました。
冬眠明けのクマのようにのっそりとテントのジッパーを上げる。
今日も天気は快晴だ。
今日はセロ・トーレまで向かう。
ゆっくり朝食をとり、テントを片付ける。
なかなか見飽きないフィッツロイを眺めながら、12時にゆっくり出発。
セロ・トーレまではリオ・ブランコキャンプ場を10分ばかり下ったところの分岐から向かう。
大きな湖を2つばかり越えていく藪だらけの道を行くのだ。
パタゴニアはその風と気候のため、高い木は滅多にない。
セロ・トーレまでの道は、ハイマツのような低い木と骨のように白い木々が剣山のように生えている。
大きなバックパックを背負って行くと引っかかって歩きづらい。腕も切り傷だらけだ。
この道はあまり人気がないらしく、きっちりと整備はされているが人通りはまばらだ。
藪の中を歩き続けるので景色もさほど良くはなく、アップダウンが延々と続く低調なルートである。
湖を抜けると今度は山越えだ。
そこまできつい登りはない。枯れた木が折れ曲がり、穴が空き、あたりに散乱しており、まるで芸術作品のようだ。
空気がとても良く、日本の山を歩いているかのようにも感じる時がある。
2時間ほど歩くと、セロ・トーレが顔を出した。
先鋒セロ・トーレは矛のように天を突いていた。
針山のような森から見えるセロ・トーレはさながら青い地獄のようでもある。
ここからすぐ先でエル・チャルテンとの分岐点につながる。
ここで20歳のアルゼンチン人の学生エリアスと出会う。
さわやかで元気すぎるエリアスとすぐ意気投合し、一緒にセロ・トーレまで向かうことに。
セロ・トーレのすぐ手前にANTIGOというキャンプ場があるのだ。
ここから1時間。まだ1時間あるのか・・・
ここからはエリアスと行くのだが、彼は恐ろしいスピードで歩いて行くのだ。
一人でテント道具一切を背負う彼に付いて行くのがやっとだ。
「大丈夫かい!」
「良い景色だねえ!そうだろ?」
「川が見えたよ!ハハハハハ!!」
無邪気で可愛すぎるエリアスのその笑顔とは真逆の鬼スピードに何とか喰らいつき、45分でキャンプ場に付くことができた。
「ハハハハハ!良い所だねえ。」
エリアスとテントを立て、すぐにセロ・トーレへ向かう。
ここにはトーレ湖という湖があり、そこにはグランデ氷河・トーレ氷河という2つの巨大な氷河がある。
セロ・トーレまではキャンプ場から10分ほどだ。
トーレ湖につく。
リオ・ブランコから3時間かけて行き着いたセロ・トーレは思っていた以上の素晴らしい景色だった。フィッツロイだけで帰ろうとしていたが、危ないところであった。
氷河の大きさ、美しさではフィッツロイよりこちらのほうが雄大で美しく、氷河の先端が広いのでよく見ることができる。
「ハハハハハ!なんてきれいなとこなんだ!!!」
とはしゃぐエリアス。
「ハハハハハ!なんて冷たいんだ!!!」
と喜ぶエリアス。
そんな無邪気な彼とセロ・トーレの下で戯れる。
「ここから先にミラドルがあるらしいよ!」
ミラドルとは展望台という意味だ。
1時間ほどセロ・トーレの方に登って行くと、氷河を間近に見ることができるという。
「一緒に行こう!」
ここがかなりきつかった。
けっこうな傾斜とガレ場の連続。
3時間も歩いた直後に休憩なしでくるところではない。
さすがのエリアスにも疲労の色が見える。
「ハハハハハ!・・・きついねえ!」
1時間、限界寸前の嫁もなんとか展望台へたどり着いた。
氷河が目の前にある。
何と表現したら良いかわからない青さ。
自然が創りだした芸術品を間近で見物できる。
氷河は猛々しいものなのだ。
ここにくるまで女性的な美しいイメージだった氷河は、原始的な男らしい強さがあった。
縄文土器のような荒々しい芸術に強く惹かれる3人であった。
とりあえずこういう時は飛ぶしかない。
とりあえずこういう時はもっと飛ぶしかない。
ヘロヘロになりながらキャンプ場へ。
氷河の間近だからか。ここのキャンプ場、ものすごく寒い。
着れるものを全部着込んでいると、エリアスがやってきた。
「火、もってる?」
この国立公園は一切の焚き火禁止区域だ。
エリアスは焚き火道具しか持っていなかった。
「お湯を沸かさせてよ。みんなでマテ茶を飲もう!」
マテ茶。アルゼンチン人の血液を成すそのお茶は独特の飲み方がある。
小さなツボのような容器にマテという茶の葉をこれでもかというくらい詰め込む。
そこに金属でできたストローを差し込み、それをみんなで回し飲みするのだ。
これのおかげでアルゼンチン人はどこにいてもすぐわかる。
水筒を脇に抱えてマテ茶をそこら中で飲んでいるからだ。
密かに憧れていたマテ茶。
ほんのちょっとずつを回し飲みしていく。
味は日本の緑茶に近いので、ふつうに美味しい。
肉食中心のアルゼンチン人にとって貴重な栄養源である。
「アサード(アルゼンチンの肉料理)とマテ茶はアルゼンチン人の魂なのだ!」
エリアスは悠々と答えた。
マテ茶の回し飲みはどんどん人が増えていく。
陽気なアルゼンチン人はマテ茶を回し飲みしながらくっちゃべるのが大好きなのだ。
結局、僕たちはカナダ人、香港人2人を加えてマテ茶を回し飲みしていた。
寒さに震えながら飲むマテ茶は格別だ。
皆で旅や自分の国の話をしながら、セロ・トーレの夜はふけていく。
ここで奇跡が起きたのだ。
大天使ミカエルでも起こせない奇跡。
この山奥で我々はピザをいただくことができたのだ。
赤毛の貴婦人があらわれて僕らに言った。
「これ、持ってきたんだけど余っちゃって。みんなで食べて。」
僕はここ10年で一番感謝した。
知っている限りの感謝の単語を丸め込んで、彼女に捧げた。
分厚いチーズが乗ったピザは、山の上で食べると幸福死してしまう程の美味しさで満ち溢れていた。
寒さはいっそう増していった。
5人で寒さに震えながら、旅の話をする。
彼ら3人はかなりの旅通で、色んなところに行っていた。
寒空の下、彼らの話を聞いているとまるで一緒に行ったかのようだった。
こんな天気にも恵まれて、ピザまで食えて、たくさんの友人もできて、何とも幸せなセロ・トーレであった。