パイネ国立公園トレッキング その1

3月7日

 

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ついにパイネ国立公園へと向かう日が来た。

広大な園内はパイネの巨大な山並みに氷河や湖など、パタゴニアの大自然をひっくるめたようなトレッカー憧れの地である。

パタゴニアの自然はあまりに広大で、そして容赦がない。そんなパタゴニアと向き合えるのはここしかあるまい。

「Torres del Paine National Park」が正式名称だ。Torresというのは「塔」という意味だ。

山は2000m級のものばかりだが、塔のような奇岩から視界に入りきらない巨大なものまである。

そんなパイネ国立公園のトレッキングはとても整備されており、初心者から上級者まで楽しむことができる。

管理局があり、山小屋やキャンプサイトはたくさんある。トレッキングの他にも船でのクルージングや馬に乗ってのホーストレッキングなどもある。

 

我々はトレッキングを行うのだが、この巨大な園内はいろいろなルートがある。

それこそ日帰りから何週間にも及ぶトレッキングも可能なのだ。

オーソドックスなのはWコースと一周コースだ。

 

The WともいわれるWコースは文字通りパイネの主峰の南側をWの字のように歩く。

有名所は全てここに詰まっており、山小屋なども充実している。

3泊4日~4泊5日程度でパイネを十分楽しめるというわけだ。

 

一周コースはWコースを含めたパイネ主峰の周りをぐるっと廻る。

Wコースを外れる北側は人も少なく遠大な景色が続く。

なんせ1周間近くかかるため、かなりハードであるのはいうまでもない。

 

 

そんな一周コースに我々は挑戦するのだ。

もう嫌というほどパタゴニアを舐め尽くしてやる。

そんなことを思っていたら、パイネは自然の厳しさをまざまざと教えてくれた。一週間かけてじわじわと・・・

 

 

 

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早く目が覚めた。

窓から外を眺めると雲行き怪しくも風はなし。

朝7時半のバスで我々「日台登山隊」はパイネ国立公園へと向かう。

1週間分の食料とテント泊装備一式、さらに予備のガソリン3L。

未だかつてない重さである。歩く度に、歩を進める度に肩に食い込むその重さ。

果たして山の上まで上げることができるのか心配だ。

台湾チームはテントをレンタルしたのだが、やたら背の高い重いテントであった。日本からARAI TENTのエアライズを担いできただけあって、僕らは幾分かはマシであった。

 

バスは2時間半で公園管理局につく。

ここで入山料18000ペソを払い、レンジャーより説明を受ける。

数年前、イスラエル旅行者の不用意な焚き火が元で広大な範囲を焼き尽くすという大惨事があってから、パイネ国立公園では火の扱いがとても厳しい。

焚き火は一切禁止、ストーブも指定された場所でしか使うことができない。もし破ればかなりの罰金が待っている。

考えてみれば、風が強いこのパイネで一旦火が上がれば大変なことになるのは容易に想像できる。

 

 

説明も終わり、ぞろぞろとバスに帰っていく。

僕らもバスに乗り込むもなかなか出発しない。一同、久しぶりの早起きのせいでうつらうつらしていた。

バスはいきなり出発した。

「あれ?人少なくない??」

気づいたのが遅かった。ただの入場ゲートだと思い込んでいたこの場所こそ、スタート地点のアマルガ湖であったのだ。

通り過ぎて行くバス。遠くで元気に歩いてくトレッカー達。

 

 

悲しいかな。我々はパイネグランデ行きボート乗り場まで乗せられてしまった。

「まあ、仕方ない。どっちにしろ一周する予定だったからスタートはどこでも良いね。ボートに乗ってパイネグランデキャンピングサイトからスタートしよう。」

うっかり日本・台湾人の4人はそんなことを言いながらボート乗り場に来て驚愕した。

一人12000ペソ。たった30分で2400円も取るのか!!

 

 

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さっきまでの水墨画の仙人たちのような東洋的朗らかムードが一瞬にして崩れ落ちた。

スタートでいきなり・・・というかスタート地点に立つ前に大問題が発生した。

ボートは12時発、帰りのバスは14時半。現在11時。これは不味い。

ボートは高い。バスはえらく待たされる。今日はセロトーレまで行きたかったので早くキャンプサイトにたどり着かねばならないのに。

ヒッチハイクしましょ!」

そう言ったのは台湾奥様。唯一スペイン語べらべらな彼女の交渉力に我々の命運を預けた。

そこに丁度良くワンボックスカーが。

湖にそびえる高級ホテルの貸し切り送迎バスだった。

奥様を先頭に哀れな小羊の群れのように、心は延暦寺の強訴の如く、我々は運転手のおじさんに詰め寄った。

「・・・という事情で私達、困っているんです。」

運転手、しばし考える。

「乗りな!」

 

 

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ちゃっかりリッチな御方しか乗ることを許されない送迎バスに乗り込ませてもらった。

金持ちそうな夫婦が怪訝な顔で我々を伺う。

おかげで途中グアナコの撮影ポイントで下ろしてもらったりと至れり尽くせりであった。

もちろんチップを渡した。

 

 

 

 

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さらに運がよいことにホテルトーレスまでの送迎バスも捕まえ、序盤7キロの道をショートカットする。

12時半、やっとトレッキング開始である。

山々に深い雲がのっそりとかかり始めていた。

 

 

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目指すはキャンプサイトChileno

序盤にしていきなりの急登につぐ急登である。

初日のフル装備バックパックは子泣きじじいでしかない。

1時間半かけて坂を登り切ると今度は峠道だ。

 

 

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さすが風の大地

深く割れた峠はすさまじい風が吹きすさんでいる。

さらに雪が降ってきた。いや、山頂付近の雪が飛ばされているのかもしれない。恐ろしい風だ。

「わぉ!雪だ雪だ!」

はしゃぐ台湾チーム。なぜなら台湾は雪がふらない。

 

 

飛ばされそうな強い風の中、歩く道は転げ落ちたらそのまま地獄まで転がっていけそうな深い谷の上。

細い道のすぐ横にばっくり口を開けた谷間。道は砂利である。危険極まりない。

さらにさらに時たま突風が吹くのだ。荷物で膨らみまくったバックパックがパラシュートのようになりかねないので、慎重に向きを考えながら歩く。

台湾の奥様は身体が小さいので、何度か谷間に飛ばされそうになる。突風は何の前触れもなく吹くのに、遮蔽物が一切ない危険な峠道が続く。

それにしてもすごい突風である。この勢いなら、配達中の魔女でも箒からふっ飛ばされるにちがいない。

 

 

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何とか難関を突破し、15時キャンプサイトに到着。

Chilenoは立派なロッジがあり、シャワーまで浴びることができる。

しかし、キャンプサイトが狭いので僕達がついた頃はほぼ満員状態であった。

何とか隙間にテントを建てる。しかし、谷間沿いのテン場。風が強くてなかなか難しい。台湾チームの巨大なテントは風にあおられ何度も飛びそうになる。

そして寒い。歩いている時はそうでもないが、止まろうものなら登山用レインジャケットとダウンジャケットを着ていてもガタガタ震えるくらいである。

「6000ペソです。」

いきなり耳を疑う声がした。

「1人6000ペソです。」

キャンプサイトは有料だった。管理局でもらった地図にキャンプサイトが色分けしてあったのでもしやと思ったがもしやだった。しかし一人6000ペソ(1200円)下界のドミトリー並ではないか。

「トイレも使い放題ですよ。あとシャワーも入れますよ。」

こんなクソ寒いのにシャワーなんか入れるわけがない。

 

ちなみにロッジは立派な作りで中はストーブが焚いてあり天国である。

しかしその分お値段の方もびっくりで日本の山小屋以上である。ハイシーズンだと予約もなかなか難しく、日本の山小屋のようにいくら混んでいても泊めなくてはならないというルールもないので注意が必要だ。

 

なんとかテントを設営し、空荷でミラドルまで。ミラドルとは展望台という意味だ。

セロトーレは最大の見所なので、是非とも目にしておきたい。しかし天気が微妙であった。

「早起きして朝日に照らされたセロトーレを見ようよ!」

なんて話していたがあまりの寒さにそんな絵空事は立ち消えたのは言うまでもない。

 

 

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序盤はただただ森のなかを歩く。道はそんなに険しくはない。

コースタイムは登りで2時間半。15時スタートだが慌てることはない。

パタゴニアの唯一トレッカーに味方してくれる自然とはお日様の粘り強さである。天気が良ければ21時位まで明るいのだ。なので存分に歩けるというわけだ。

1時間でミラドル直下のテントサイトにつく。ここは無料だ。

 

 

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そこからジグザグ登り。

ゴロゴロした岩場をひたすら登る。ここでもかなりの突風が襲う。突風は雪と小石を散弾銃のように撃ち放つので痛みに耐えながら登らなくてはならない。何とも辛い。

メタルギアソリッドのように巨大な岩に隠れ、突風を躱しながら進む。

スタートから2時間でやっとあの3本の尖塔が顔を出した。

 

 

 

 

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3本の槍は雲を貫くように立っていた。

僕らが頂上についた瞬間から雲が切れ、尖塔が見えたのだ。それまで何も見えなかったのが嘘のようだ。

「持ってる。俺達は持ってる!」

この時、パイネでの運を使い果たしたとあとで知ることになるとは知らず、はしゃぎ回る4人であった。

 

 

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自然というものは芸術家である。

この絶妙な3本の尖塔をこの不毛の大地に打ち立てたのだから。

秘境といわれるパタゴニアのさらに奥にこんなものを作るのだから、何ともキザな奴である。

雲は強風によって次々と現れては姿を変え、尖塔の隙間を縫うように走り去る。

3本の尖塔が雲を吐き出す煙突のようにも見える。

 

 

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はしゃぎ回る日台登山隊

 

 

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しかしめちゃくちゃな寒さである。

手袋を持ってこなかったことを大いに後悔する。風がすごいので露出部が凍傷になりかねないからだ。

 

 

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猛風の中、岩場を下山する。何度か飛ばされそうになりながらも1時間半で降り立つ。

最大の見所を目にできて、ひとまずは安心な一行であった。

 

 

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Chilenoでは食事スペースがある。

小さな小屋なのだが風がないだけマシなのだ。

ここでSOTOのMUKAストーブが活躍する。台湾チームはストーブを持っていなかった。レンタルしようとしていたのだがかわいそうなので共有することにした。燃料は分担で持つ。多めに4L持ち運ぶ。

ガソリンは重いが安くて火力が強い。そして最大のメリットは補給が楽であることだ。ペットボトルを持ってガソリンスタンドに行けば良い。※日本では違法なので注意

ガスカートリッジタイプは軽くて持ち運びやすいが、値段が張るし補給が難しい。もちろんパイネ近郊では容易に買うことができる。僕らはトレッキング以外でも使うため、ガソリンストーブを携帯している。

 

MUKAストーブに火をつける。轟音とともに火柱が立つ。

この瞬間は注目の的である。ほとんどの人がガスカートリッジタイプなのでこの火力と轟音に驚きなのだ。そしてなにより僕はこの瞬間が恥ずかしい。

 

 

食事はインスタントラーメン、そして生姜焼き。

出発前に嫁さんが作り、台湾チームに大好評だった生姜焼きを2日分だけ作ってきたのだ。

しかし、チリのインスタントラーメンは味が薄いし腹が満たされない。

これだけの荷物を背負って歩き通しだったのに、明らかなカロリー不足である。

「仕方がないけど、これトレッキングなのよね。」僕の中のスレッガーさんは言った。

 

寒さと風の轟音が響くキャンプサイトで何とか眠りについた。

 

ホテルトーレス(12時半)→Chileno(15時) 2.5時間

Chileno(15時)→ミラドル→Chileno(19時) 4時間

 

 

3月8日(2日目)

 

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8時起き、9時発予定もあまりの寒さで予定変更。

もぞもぞ寝袋に収まり、なんとか動き出し朝食とテント撤収を終えて10時半に出発。

 

 

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この日は吹雪であった。

昨日のセロトーレ一瞬の奇跡の報いが早々とやってきた。

真横に飛び交う雪。寒さと痛さで辟易しながら峠道を行く。

昨日よりさらに風が強く、杖をついて立ち尽くす場面もあった。

 

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何とかホテルトーレスまで下りる。

ここからはWコースの西行きがほとんどなのだが、我々は一周東回りコースなので人々と別れ、Seronキャンプサイトを目指す。

ホテルトーレスまで戻り、そのまま真っすぐ行き登り坂へ。

この辺からほとんど人がいなくなる。

Wコース沿いの丁寧な看板や舗装された道が消え失せた。

 

 

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ここからが過酷だった。

一瞬の晴れ間が嘘だったように、雪と雨が交互に降り始めた。

パイネは1日のうちに四季があるといわれる。それくらいコロコロ天気が変わるのだ。

そう言われるらしいが、この日は冬しかなかった。

歯がガチガチ鳴る寒さに強風が追い打ちをかける。

Seronまでの道は永遠となだらかな坂を登り、また永遠と下る。その道がほとんどグチャグチャのぬかるみと化していた。

さらにここはホーストレッキングと共有の道であるため、そのぬかるみに馬さんの落し物がミックスされているのだ。

 

 

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この悪路と悪天候は肉体的にも精神的にもかなりきつかった。

いつも明るい台湾奥様が黙りこくるくらいだ。ただただぬかるみと糞を避けながら進む。

寒さとぬかるみ。まるで第一次世界大戦塹壕戦のような暗い雰囲気が漂う。

 

 

川に差し掛かった。折しも雨で増水中である。

何とか頭を駆使してルートを考え渡り切るも、疲労は重なるばかり。

 

 

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やっと山道を終えると今度は何もない野原の中をとにかく歩き通す。いくら先を見ても同じような風景。そしてここもぬかるみである。

全員死んだ魚のような目でとぼとぼ歩く。

 

 

 

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空は雪と雨、地は泥と糞、そんな中をコースタイムは4時間だが5時間かけて歩き通した。

キャンプサイトSeronは野原にぽつんとたたずんでいた。

そしてここも有料で4000ペソ。

食事スペースはまさかの壁なしでガタガタ震えながらの食事だ。

雨を避けるため、3つのテーブルに何人もがひしめき合っての食事となった。

僕はこんな事もあろうかとサプライズアイテムを持ってきていた。

ワインだ。パック入り1Lの安物だ。こんな時のためにこんな重石でしかないワインを持ち上げてきたのだ。しばしワインタイムを楽しむ。

さすがに疲労がピークだ。この日はすぐに眠ることができた。

 

 

キャンプサイトについて。

キャンプサイトのつくりは日本と似ている。山小屋、トイレ、水場、テントサイト。

お金の収集は係がテントを周り徴収する。支払いが済むとシールをくれるのでそれをテントのどこかに貼れば良い。

日本と違うのはトイレやシャワーだ。

ガンガン水が使える。日本では環境汚染防止の為、トイレはバイオトイレ(おがくずなどを入れた非水洗トイレ)が主流だが、パイネのトイレはすべて水洗トイレであり日本よりはきれいだ。下水処理はどうなっているのだろう・・・

ロッジは要予約。ハイシーズンは混み合うので数カ月前よりの予約が必要となる。予約をしていないとほぼ泊まることはできない。

ロッジでは食料やガス缶の購入も可能。もちろん日本同様かなり値段は張る。

ロッジで食事もできるが何千円もするので覗いてすらいない。

 

Chileno(10時30分)→Hotel Torres(11時30分) 1時間

Hotel Torres(12時30分)→Seron(17時30分) 5時間