ロング・グッドバイ「パタゴニア」 アルゼンチン入国で強制検査?
3月17日
プンタアレナスからリオ・ガジェゴスまでのバスは11時発だ。
台湾夫婦に別れを告げ、バスターミナルまで歩く。
バスターミナルは結構な距離があり、久しぶりのフル装備での歩きは過酷であった。
1週間も山にいたが、下山してからの3日間はフォアグラ養殖生活を優雅に満喫していたため、身体がなまりきっていた。
さらにアルゼンチン・チリと肉と酒が格安の国で散々暴飲暴食をしたためか、僕の体に異変が起こり始めていた。
フィッツロイ下山後のエル・カラファテ3日連続肉食生活、そしてパイネ前後の限界突破な食生活。
神をも恐れぬその暴挙の報いが足にきた。
足がパンパンにむくんでいた。
歩く度に痛みが走る。
さらに靴下あとがくっきり刻印されるのだ。
体重も大幅に増えた。
日本ではどんなに食べても体重が増減しないアベレージ人間として、クラスメートの女子から羨ましがられた僕が今や平安美人のような顔になってきている。
体重の急激な増加、足のむくみ、そんなこと気にしない爆食生活。
痛む足を引きずりながらバスターミナルへたどり着く。
チリ・ペソを両替しようと思ったら、バスターミナルではできなかった。
残り時間40分で町まで戻り、両替をするハメになる。
少し走ると足に激痛が!
なんか皮膚が破れそうだ。
今、蚊が足を刺したら「パチン!」と風船のように弾けてしまいそうなくらい、足がパンパンなのだ。
何とか両替を終え、バスに乗る。
さすがに怖くなってきた。
こんな地球の裏側で激太りした挙句、蚊に刺されて爆死なんて末代までの恥である。
これから長いバス旅、大量に買い占めたパンとチーズとハムで健康的な生活をしようと心に決めた頃に国境へ。
ここでまさかのことが起きた。
チリ入国での生鮮食品持ち込みが禁止であり、そのチェックがやたら厳しいのは以前述べた。
しかしアルゼンチンはそんなことはなく、バリローチェから入国した際は呆気にとられるほど楽ちんであった。
しかし、なぜかこの日、超厳重チェックが行われたのだ。
入国スタンプを押され、意気揚々とバスに乗ろうとするとバックパックが降ろされている。
「チェックに行ってきてね。」
太りすぎてしゃがむとケツが半分出てしまうセクシーなバスの添乗員の親父に言われる。
軽く調べるくらいかと思って行ってみると、しかめっ面したおばさん二人組が現れ、めちゃくちゃ厳重なチェックを始めた。
どれくらい厳重かというと、全荷物を巨大な機械でスキャンし、とりあえず怪しい物は全部開いてチェックさせるのだ。
しかも、ほぼ全員が中身を出せといわれる。
かなり焦る。チリでは不正持ち込みは100USドルくらいの罰金なんてあるからだ。
アルゼンチンでこんなことするなんて聞いてない。
万引きGメンおばさんみたいな2人は長い時間かけてチェックする。
40人くらいいるバスの客全員分の荷物をチェックするのだ。かなりの時間が掛かるではないか。
周りの客がキレ始めて文句を言い始めるも、万引きGおばさん達のしかめっ面は1mmも動かない。
ケツ半出し添乗員のおじさんに聞く。
「アルゼンチンってこんなことするって聞いたことないんだけど。いつもこうなの?」
ケツ半出し添乗員のおじさんはケツを半分出したまま、おばさんたちに見られないように顔をこちらに向けていった。
「・・・アンラッキー」
どうやら抜き打ちチェックみたいなものなのか?スペイン語がわからないので詳しい事情が聞けない。あのふたり組のおばさんがやばいのか?
ついに我々の番である。
大量に買い込んでいた食料はバスの中においていた。
それが気がかりだ。あとでバスの中をチェックされたら一発アウトである。
荷物を通すとおばさんがしかめっ面でコソコソ話を始めた。
「こりゃなんだい!」
スキャン画像を指差す。
「いや、本ですけど。」
ただの文庫本だ。
「食べ物じゃないだろうねえ。」
日本人は紙なんて喰わねえ。
そのあと手荷物のタブレットやパソコンを出させる。何のためなのか?
つづいて嫁。
嫁のバックパックのスキャン画像をみて、おばさんたちは眉間のシワをこすり合わせるように深いコソコソ話を始めた。
「こりゃなんだい!!」
嫁のバックパックは食料担当であった。
しっかり確認していなかったため、もしや何か残っているかもしれないとかなり不安だった。
「出しなさい!カバンを開けなさい!」
高圧的なおばさん。親の敵でも入っているかのような目だ。
スキャン画像をみても何なのかさっぱりわからない。
いろいろ取り出すも「違う。違う。そうじゃない!」とマーチンみたいなことを言ってくる。
結果として、それとはポカリの粉末であった。
むっちゃ厳しいではないか!
「これは乳製品じゃないだろうねえ!」
とイチャモンをつけてくるおばはん達。なぜそんなに厳しいのだ。
そんな嫁をほっぽり出して僕はバスの中に帰っていた。
おばさんが怖くて嫁を餌に逃げ出した・・・というわけではない。誓ってね。
僕はその頃、バス内においていた食料をどうにかうまく処理しようとしていた。
まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったので、3日分くらいの食料を買っていたのだ。
僕はそれを誰も居ない間にそっとバスの荷物入れの奥の方につっこんでおいた。
あとでバスの中のチェックが行われた時はしらを切るしかない。
と、あっさりバスは走りだした。
あれだけ厳しかったのにバス内チェック一切なし。
これじゃあ中に核弾頭を積んでいても気づくまい。
結局、何だったのか?審査を終えた人々は皆一様に怒っている。
「あのクソババアどもめ!」
と、しわくちゃのおじいちゃんがタバコに火をつけながら言った。
「これ、いつもじゃないんですよね?」
そう聞くと、
「フゴフゴ、フゴフゴフゴ!」
と、歯がほとんどないうえにタバコをくわえているもんだから何を言ってるかさっぱりわからなかった。
結局2時間もかかった。
バス内はおばはん達への罵詈雑言(おそらく)で満ち溢れ、おばはん達のモノマネをしたこれまたおばちゃんが爆笑を巻き起こした。
こういう時、コミュニケーションが取れないことが悲しいのだ。
スペイン語勉強しよう・・・
バスはリオ・ガジェゴスバスターミナルに17時に到着した。
リオ・ガジェゴスは何もない町ではあるが、パタゴニア地方の交通の要衝となっている。
ウシュアイアもプエルトナタレスもプンタアレナスもエル・カラファテもみんなここから行けるし、ブエノスアイレスとパタゴニアを結んでいるのもリオ・ガジェゴスであった。
ここからブエノスアイレスまでどう向かうかが問題であった。
リオ・ガジェゴスバスターミナルのインフォメーションのお姉さんに聞いてみた。ちなみにこのお姉さん、旅始まって何千人の顔をみたがその中でダントツ一番きれいな人だったので男性諸君は心して向かうように。
ブエノスアイレスまでは飛行機とバスがある。
飛行機はラン航空やアルゼンチン航空で料金は大体200USドル。ブエノスアイレスまで4時間ほど。予約は電話、アルゼンチン航空は町にオフィスがある(17時まで営業)
ブエノスアイレスへのフライト時間はAM3時。
バスは1450ペソ~1600ペソ程度。バスターミナル内でチケットが購入可能。ブエノスアイレスまで34時間という驚愕の時間がかかる。
ブエノスアイレス行きバスの出発時間は20時~21時30分くらい。
飛行機とバスは4000円しか変わらない。
こりゃ飛行機一択だ。とりあえず席が空いているか確認しようかと思った。
インフォメーションのお姉さん曰く、日本人だといえば英語の担当が出てくれるらしい。
バスターミナル内の公衆電話で電話すれば良いと教えてくれた。
・・・七面倒臭せえ!
食料もあるし最近忙しくて読書もできていなかったので、嫁さんと話した結果バスにすることに。
すぐ着く飛行機より手続きが楽な方を選んでしまう辺りが、僕のぐうたら性を表している。
しかし、バスターミナルではUSドルが使えなかった。
普通ターミナル内に両替所があるはずだが、リオ・ガジェゴスにはそれがない。
無理にお願いすると1USドル=8ペソ
この時、闇レートで10.6ペソくらいだったので、完全に足元を見透かされている。
時間はまだあるので仕方なく町の中心地へ。
バスターミナル裏のコレクティーボBに乗る。
町中で両替を済まし、いざバスターミナルへのコレクティーボ・・・
バス停がわからない。
いろんな人に聞くも皆違うし、やっと乗り込むと反対行きだったり。
何人にも聞き、行くども道を変え、なんか危なそうな道まで歩かされ、気づけば・・・・バスターミナル?
バスターミナルではないか!!結局3キロくらい歩かされた。足が破裂しそうなのに。
21時半のバスに乗り込む。
バスターミナルの横にあるスーパーでワインを買い込み、34時間かけてブエノスアイレスへ向かう。
3月18日
長きバスの旅。
行けども行けども何一つ景色は変わらない。
パタゴニアをとっくに抜けたとおもいきや、仏の手のごとく己の小ささに驚かされる。
道は呆れるくらいまっすぐで、もしや止まっていようとも気づかないだろう。
果てしない大地に感動することなど、とうに忘れた。
地球の裏側の国全体が集合団地のような息苦しいところからやってきた我らも、この広大な何もない大地に初めは感動し、次にはもったいなさを感じ、今や何も感じない。
進むのはバスではなく、ワインである。
殺風景な景色もワインの肴くらいにはまだ利用価値はあるか。
たいそうな金を叩いたバスはリクライニングも出来て座り心地は良い。
スペイン語で最新のハリウッド映画が流れる。
スペイン語はさっぱりだが、なぜかコメディ映画だけはよくわかった。
フィッツロイとパイネ山中を何日もかけて歩き抜いたパタゴニア。
南米最終目的地であったパタゴニア、人類最果ての地パタゴニア、物価が高くてオネショしそうなパタゴニア。
パタゴニアは自分のちっぽけさを教えてくれた。
そしてそのちっぽけな生き物でも一歩一歩しっかり歩けば、どうにか目標を達成できるということも教えてくれた。
雄大な大自然をほんのひと舐めしたくらいだったが、その味は終生忘れぬであろう。