バルセロナでガウディ巡り

3月27日

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カンプ・ノウの興奮冷める間もなく早起き。

今日からバルセロナカード3日券を駆使してバルセロナの街を一気に満喫してやることに。

嫁さんがモーニング兼ランチのサンドイッチを大量に作り、我々は街に繰り出した。

今日は一日で一気に巡るガウディ祭りである。

天下無敵のバルセロナカードで地下鉄を使い、サグラダファミリアへ。

建築物としては世界的な認知度を誇り、未だ建設中にも関わらずローマ法王から教会として認定され世界遺産にもなったまさに人類の宝、それがサグラダファミリアだ。

ルンルンでサンドイッチを作っていたガウディ好きな嫁は、今日がこの旅の最大のイベントの1つでもある。

 

 

 

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サグラダファミリア駅を出て振り返るとまさかの目の前。

予感を微塵も感じさせない地下鉄駅の立地に芸術を感じた。

 

 

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見た瞬間「なんじゃこれ?」という歪んだイメージが脳内に蔓延る。

今にも動き出しそうな無数の彫刻が覆い尽くしているサグラダファミリアが、ただの無機質な石の建物には見えなかったからだ。

 

 

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そこは生誕のファサードと呼ばれ、イエスの生まれる前後の物語が描かれていた。

マリアや天使の他にも大工やカメレオンなどの彫刻もある。それが細かな装飾が施された壁から浮き出ている。まるで規制のないごちゃ混ぜのようにも見えるその粘菌のような蠢くデザインに、初めての違和感と何とも言えない印象を受ける。

まるで生きた人間たちを鉛の海にうずめた瞬間を切り取ったようにも見えた。

 

 

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目下建設中のサグラダファミリア世界遺産にも関わらず、堂々と建設機械がたくさん組み込まれている。

スペインでは珍しく朝早くからすでにあちこちで工事が行われていた。建設開始からすでに100年以上も経過しているサグラダファミリアは、未完成部の着手とともに修復も同時進行で行われている。

古い石とレンガでかたどられているサグラダファミリアに、最新式の機械が埋め込まれているようにみえる様は見ていて面白い。

 

 

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入場ゲートは受難のファサードにある。

早めに行かなくてはかなり並ばなければならないと聞いていたが、開門40分前では前から10人目くらいであった。インターネット予約だと違うゲートからすんなり入れる。

待ち時間の間に細かく見てみても、理解し難いイメージだらけの彫刻や構造に混乱してくる。

 

 

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かたつむりがいたり、

 

 

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キノコみたいな彫刻がある。

 

 

サグラダファミリアを見学して思うことは『予習が必要である』ということだ。

イエス、さらにキリスト教の歴史や聖書を詳しく知っておかないと、何のモチーフなのかさっぱりわからないことが多々ある。さらにガウディについても予習が必要だ。特筆すべきは彼が考えだしたアーチの組み方やその支柱構造などらしいのだが、ガンプラすら上手く作れない建築ド素人にはチンプンカンプンである。

なのでせめてキリスト教や聖書の歴史、そしてガウディのことを学んでいくとより楽しめるはずだ。

ガウディ哲学のあまりの難解さに、たった数ページで酔いだしたウィトゲンシュタインの著作を思い出した。

 

 

 

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9時にチケット販売開始。

グエル公園にあるガウディ博物館との共通券で18ユーロ。バルセロナカードを使うとわずか1ユーロ引き。早くもバルセロナカードの役割に懐疑的になる。2000円を遥かに超すマチュピチュに次ぐお高い入場券だ。

 

 

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入場してすぐに受難のファサード

ここはイエスの死にまつわるエピソードが物語的に描かれている。

ガウディはこのへんてこな形の建物を巨大な聖書として設計している。すべてに意味とストーリーがあるのだ。素人目には難解で哲学的でごちゃまぜなサグラダファミリアはガウディの脳みその内部をそのまま具現化したようなものだと僕は了した。そうでも思わないとドン・キホーテビレッジバンガードを同じビル内にひっくるめたような壮大なゴミ屋敷のように思えてしまう。天才と狂気の狭間をいったガウディの頭の中はこのような世界で覆われていたに違いあるまい。

ビレッジバンガードの『ライトサブカルとにかくごちゃまぜ感』がたまらなく好きな僕はサグラダファミリアに一瞬で惹かれてしまった。

 

 

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受難のファサードは生誕のファサードと違い、非常に暗く重苦しい。

生誕のファサードの彫刻がヨーロッパでよく見かける肉感的なイメージの彫刻なのに対し、受難のファサードは現代美術のような非写実的なイメージの彫刻である。

リアルと非リアルがともに存在しあう受難のファサードはなんだか見ていて怖くなる。

 

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ロンギヌスの槍

 

 

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文字のフォントが気になる

 

 

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そして上の方にぽつんと座っているのが昇天するイエス

 

 

 

 

 

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中に入ると茶色の外観からは想像できない白い光の世界が広がっている。

内部はシンメトリーどころか万華鏡を覗いたようだ。というか万華鏡の中に入り込んだ気分になる。

 

 

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天井は文系の僕がふらつくくらいの数学的なニオイがプンプンする。

学生時代、図形や公式を見ただけで阿片中毒者なみのやる気のなさと倦怠感を感じたがまさにその感じだ。

「こりゃ、天才って言葉で片付けるしかないなあ」

と、同じくポカ~ンな嫁さんと話す。

南米では飽きるくらいカテドラルを見てきたが、あの統一感を微塵も感じさせない芸術爆発力。

主にマンガと映画で構成された僕の脳みそでも、めちゃくちゃなようで人智を超えた計算で成り立つ様だけはすぐに分かる。

 

 

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写真を夢中で撮っていると、どこが地面かわからなくなる。というかまっすぐってなんなのだろう?

 

 

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光の注ぎ方すら計算されているのか、とても明るい。

 

 

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輝くステンドグラス

 

 

 

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僕は無神論者だが、確実にガウディの中には神はいたようだ。

ガウディはそれを教会として現実の世に創りだすことに一生を捧げたように思える。

 

 

 

 

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中を何度もウロウロしながら生誕のファサードへ。

先ほど見たよりずっと近い。

 

 

 

 

 

 

 

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地下には展示物がある。

ここで一番驚いたのはこの写真。

ガウディはアーチの設計の際にこの細い鎖に重りをつけ垂れ下げ、いくつも組み合わた。最後に写真を撮ってそれをひっくり返すとアーチの設計になるという。詳しくはわからないのだが、そうすると荷重を分散した完璧なアーチの設計ができるという。

 

 

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完成は300年かかるともいわれていたが、2026年にはついに完成予定だとか。

それには僕達の些細な、でも血の結晶の入場券代が一役買っているのだ。完成したらまた来てみたい。もっと予習して。

 

 

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受難のファサードから中に入り生誕のファサードへ抜け、そこから地下に入るとまた受難のファサードに出る。そんなことを何度も繰り返しながらサグラダファミリアをこれでもかと見続ける。

※上ばかり見るので腰痛持ちは注意

 

 

 

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やっと満足して生誕のファサードより退場し、向かいの公園に向かう。

ここからは巨大なサグラダファミリアの全体像をみることができる。

2026年にはこれよりさらに巨大になっているのかと思うと想像が追いつかない。

ガウディはサグラダファミリアの完成を待たずして列車にはねられて死んだ。後半生のすべてをサグラダファミリアにそそいだ孤独なガウディは、死んだ時あまりの身なりの汚さに誰もガウディとは気づかなかったという。

 

 

 

 

 

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サグラダファミリアに圧倒されたまま、間髪おかずしてカサ・ミラに。

ミラさんの家という意味だ。

 

 

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なぜか外観は工事中のため見られなかった。

 

 

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中に入るとすぐにあの特徴的な波打つ壁だ。

 

 

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窓といい柱といい煙突といい壁といい取っ手といい全部ぐんにゃりしている。

絶対住みづらいと思う。

 

 

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屋上までエレベーターで向かう。

美しいバルセロナのド真ん中にこんな建物を依頼したのも設計したのも凄い。

 

 

 

 

 

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周りの風景と全く異質なカサ・ミラ。

故に異次元な気分にひたれる。

 

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サグラダファミリアも見える。

 

 

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館内を見学できる。

もちろん内部もガウディな世界だ。

あれもこれも曲線でできている。

 

 

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カサ・ミラは無駄な装飾がほとんどないシンプルさの中に、その基礎部分を全部曲げちゃうというひねくれた感があって好きだ。

 

 

 

 

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かなり歩いて疲れたのでちかくのレストランで念願のパエリア。

スペイン料理といえばパエリア。外食がべらぼうに高いので(僕らから言わせれば)、一つくらいは良い物を食べようと話していた。それが小学生並みのスペインイメージ先行でパエリアを選んだ。

うまかったが高かった。

 

 

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続いてカサ・バトリョ

カサ・ミラから歩いていける距離にある。

さすがに入場料がきつすぎるのでここは外観だけ観察。

こちらもずいぶん住みづらそうだが、おとぎ話にありそうなファンタジーなお家。

それにしてもこのような突拍子もないデザインの家が繁華街のド真ん中にあるのが驚きであるとともに、カタルーニャ人の芸術への理解の深さを感じ取れる。

日本では某漫画家のシマシマ模様のお家だけでも散々文句を言われていたが・・・

 

 

日本人は芸術と生活は全く別物だという思いが強いのではないか。

日本の製品は「安全で高機能だが、当り障りのないデザイン」というのが僕が今まで旅していろんな国の商品を見て思った感想だ。

車や家電にしても日本製品はロゴ以外全部おなじに見える。

かと言って僕も派手さより機能とコストパフォマンスを選ぶ純日本人である。

そんな日本でiPhoneのシェアが異常に高いのはおもしろい。

 

 

 

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だいぶ疲れてきたがまだまだ。今日はガウディ祭りなのだから。

次は地下鉄で2駅ほどいってカサ・ビセンス

ガウディの総初期の作品と聞いていたのだが、さすがガウディ。いきなりこんなド派手な建物をぶちあげている。

 

 

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よく見ると窓や扉の装飾がすでにガウディらしさが出ている。

なんと早熟なのか。

 

 

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しかもこのカサ・ビセンス。現在ふつうに人が住んでいるのだ。内部の見学はできない。

こういう所に住んでいる人ってどんな人なのだろう想像したら真っ先に先程の某漫画家がおなじみのポーズと衣装で出てきた。

 

 

 

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かなりヘトヘト。しかし最後に待ち受けるはグエル公園

グエル公園は中心部からだいぶ離れており、最寄りの地下鉄駅からもだいぶ離れている。

バスで向かおうとも思ったが、せっかくだし街の雰囲気を感じながら歩いて行こうと決断した僕らは、10分後に後悔するとはまだ知らなかった。

 

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迷った。

ここはどこだ?

 

人に聞きまくりやっと正しい道に戻るも、今度は坂&階段。

今日は見学と移動で歩き回っているため、疲労困憊である。

山歩きは得意だが都市部を歩くのはかなり疲れる。

最寄りの地下鉄駅はバイカルカの方が近いが道がわかりづらいので、手前のレセップスのほうが良いと思う。

 

 

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なんとか辿り着いたと思ったらまた道を間違えて変なロックンローラーがいる変な展望台へ。

変なロックンローラーが「まざーふぁっかー!まざーふぁっかー!」と歌いながら腰をくねくねして周囲から爆笑を誘っていた。

 

 

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しかし景色は良い。バルセロナ一望だ。

 

 

 

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やっとグエル公園にたどり着くと入場は17時からと言われた。

まだ1時間半もある。

なので近くのガウディの家博物館(サグラダファミリアで共通券を購入した)にいく。

ここはガウディが暮らしていた家でとても小さい。展示物もいろいろあるが20分くらいで見終わった。

 

グエル公園の周りを散策。

3月のバルセロナは想像以上に寒い。

二人とも「オレンジ色に輝くスペインの大地」というイメージしか無かったため、身体に構えがなく風邪をひき始めた。

 

 

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17時入場。

この公園はグエルとガウディの作り上げた芸術楽園になる・・・はずだった場所だ。

グエルとはバルセロナで大工場を運営する超富豪であり、ガウディのパトロンだ。

ガウディの傑作もグエルの財力がなければ日の目を見なかったのだ。さらにいうとグエルにガウディを見いだせる目がなかったら、バルセロナの街ももっと殺風景だったであろう。

嫁さんはガウディ好きだが、僕はグエルの方も天才であると思う。

彼は芸術を深く理解し、芸術を使ってバルセロナを変えようとした。

当時工業化が進むバルセロナは大商業都市となっていく。しかし、工業化とは人々は豊かにはなるが自然を壊し生活を劇的に変えてしまう。

そんな時代に一石を投ずべく作られたのがグエル公園なのだ。

 

 

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今では当たり前の郊外の集合住宅や○○都市などの先駆的なアイデアを考えだしたグエルは、ガウディと共にこのグエル公園の敷地に芸術と自然が融合した楽園をつくろうとしたのだ。

そして見事に失敗した。

2軒だけ建てられた家はグエルとガウディのものだった。

あまりに時代を先に行き過ぎたまさに天才的な挿話だ。

 

 

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そんなグエルとガウディの夢のあと『グエル公園

カラフルなタイルで覆われたディズニーランドのような(行ったことないけど)世界が作られている。

キノコのような煙突やカラフルな彫刻に巨大な柱といった不思議な空間だ。

 

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天才とは時代の先を行きすぎる人だと思う。

ある天才は時代を引っ張り、ある天才は時代の先で孤独に苦しむ。

日本のグエルは織田信長だろう。

安土城をガウディが見たらほくそ笑んだに違いない。

信長も「都市」とは何たるかを十分に把握していた。

当時ぽつぽつと行われていた楽市楽座を本格的に広め、宣教師を呼び寄せ、専業武士の住宅群を作るなどなど当時の人間では思いつかないアイデアを次々と打ち出していた。

信長が長生きしていたら、滋賀県バルセロナみたいになっていたかもしれない。

 

 

 

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しかし失敗したグエル公園バルセロナの財産になった。

すごい観光客だ。

都市と切り離した空間を作る予定が一大観光地になってしまったのは皮肉だけれども。

ここもそうだが、ガウディ作品は建設途中のものが多い。

そこに想像力をかきたて、人々を寄せ付ける力があるのかもしれない。

もちろん、建設途中ですら人々に衝撃と影響を与える大作であるという大前提はあるが。

 

 

そんな母性本能くすぐるガウディ作品を一日でグルっと見て回った。

残すはコロニア・グエル教会堂と数点の彫刻など。

今日はガウディ祭りを大いに楽しみ、大いに歩いた一日であった。