爆裂都市コルカタ

8月28日

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東インド最大の都市コルカタ
古くからコルカタは、「混沌」という言葉がこれほど似合う町はないと言われている。
ひしめく家、統制のない道路、絶えることのない渋滞、そしてそこに暮らす人々の姿は同じ町、否、同じ国の人とは思えないほど雑然としている。

僕らは駅に降り立ち、法外な値でタクシーに乗せようとする嘘つき共を追い払い、何とかサダルストリートに向かうバスに乗った。
バスは混雑する町の中に飛び込むかのように入っていく。
何度も運転手や周りの人に聞いたのに降ろされたところは1kmも離れたところだった。愚痴を言いながらトボトボと歩く。28時間も粗末な列車に揺られていた体には、見慣れたバックパックが地面につくんじゃないかと思えるくらい重く感じる。

 


こういう時イライラするのは決まって疲労と空腹のせいだ。調度良いところで「ドミノピザ」を見つけた。日本でも見慣れたピザ屋だ。
インドではこういう店はかなりの高級店といえる。50円で定食が食べられる国で、一枚400円もするピザは高級な食べ物である。移動費がだいぶ安く済んだのだし、ちょっと贅沢しようか。そういって店の中に入っていく。
ドアを開けるとすぐに別世界のような涼しさだった。そもそも露店ではない時点でインドでは珍しくもある。ガラスの大きな窓で覆われた店内は、「壊れていない」エアコンで目眩がするほど涼しい。蝿もいないし、テーブルも地面もゴミひとつ落ちていない。


周りの客はもちろんお金持ち、いや大金持ちといえるかもしれない。スーツ姿でジュースを飲みながらパソコンを使っている人、きれいな青いシャツを着た学生たち、日本で見かけるような格好をした女の子たち。誰も彼もインドでは殆ど見かけない人種だった。
しかし僕はこういう場所でこそ心底落ち着くことができる。日本のどこにでもありそうなファミレスと同じような設備でしかないが、やはり落ち着くのだ。ここなら床にバックパックを置いても良さそうだし、泥棒もいなさそうだし、支払いやお釣りでごまかされるようなことも少ないだろう。

ピザはとてもうまかった。ありきたりな味だが、そのありきたりの基準は世界に出てみるとえらく高尚なものだったと気づく。
通路側の窓に向いたテーブルでがつがつをピザを頬張っていたが、落ち着いて外を見ると道行く人々に丸見えだったので恥ずかしくなる。

 

 

一息着いて通りをぼーっと眺めていると、白人の二人組の女性が窓の端の方でしゃがんでいた。彼女たちを見て、通りを歩く人達が指をさしたり笑ったりしている。全身インドの民族衣装で着飾った二人組はすぐに立ち上がって、地面の方に手を振ったあとスタスタと歩いて行った。
「なんだろうね」と嫁さんと話していると、「あっ」と思わず声が漏れた。

 

テーブルのせいで見えなかったが、窓の下の方に微かに人が見えた。
小学校低学年くらいの女の子と幼稚園生くらいの男の子がいた。二人は食べ物を握っていた。インドの屋台でよく売っているものだ。脇にはミネラルウォーターのペットボトルも置いてあった。
さっきの白人の女性たちはこの子たちに食べ物をあげていたようだ。男の子がびっくりした顔で渡された食べ物を見ている。
人混みに紛れていく白人の女性たちを見送っていた女の子が立ち上がると、赤ちゃんを抱いているのが見えた。三人もいたのか。
三人共、服はボロボロで顔も体も真っ黒に汚れていた。
その姿を見て、周りの人たちは笑っている。渡された食べ物をこぼしながらもパクパクと食べている男の子を指さして笑っている。

 

いろんなことが起こりすぎたせいで、ただポカンと見ているしかなかった。
そんな子どもたちがいることも気づいていなかったし、白人の女性たちがどういう思いで食べ物を持ってきたのかもわからなかったし、それを見て笑っている周りの人間も理解できなかった。
ほんの数分の出来事だったが、インドの深淵を垣間見たような気がする。

 


サダルストリート

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コルカタといえばサダルストリート。
安宿がひしめく汚くて鬱陶しいところだ。
道を歩けば知らないオヤジが話しかけてくる。完全なる無視をしても、まるで会話しているように応対しながらずっとついてくる。目星をつけていた宿に入ろうとしてもずっとついてくるのだ。まるで俺が連れてきたと言わんばかりに。

 

 

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その間にもタクシーのオヤジ、リキシャーの爺さんなんかがひっきりなしに声をかけてくる。心やすまる刹那すらない。彼らを例えるなら「底なし沼」が一番お似合いだろう。でもそれに膝までつけてみるのが楽しかったりする。やり過ぎには注意。

 

 

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歴史ある安宿街には伝説よばれている日本人宿がある。

そういうところに来ると僕がかならず行く場所、そこは古本屋だ。

日本の本が置いてある確率が高い。活字中毒な僕にとって、母国語で書かれた紙の本を手に入れることは至上命題でもある。やはり電子書籍だけだと味気ない。

 

 

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しかもインドなんかでぷらぷらしている日本人が売った本だから、けっこう渋いものが多い。

そしてどの店にも深夜特急は置いてある。あとはスピリチュアル系も多い。

 

 

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甘いだけのカスタードプリンとマンゴーラッシーをいただきながら、本日の戦利品を拝む。

日本でずっと探していたソルジェニーツィン「収容所群島」をここコルカタで手に入れることができた。インドにまでこれを持ってきていた人の精神状態は如何程のものだったのか?

そしておじさんがおまけにくれた謎の絵葉書。

 

 

インドミュージアム

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夜行列車までだいぶ時間があったので、全部見ようものなら半日はかかるといわれるインドミュージアムに行ってみた。
150ルピー(インド人は10ルピー)払って暇つぶしをしようと思ったら、なんと3分の2は工事中で1時間もしたら見終わっていた。

 

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インドらしい取り留めのない展示品の群れであった。

 

 

コルカタのタクシー野郎

仏教の聖地ブッダガヤーに向かう夜行列車は少し離れた駅、しかも22時45分という面倒な時間に出る。夕方の列車もあるが、着くのが夜更けになってしまう(7時間かかる)
駅まではタクシーで行ったほうが良いと宿のおっちゃんに聞いていたので、タクシーを拾うことに。1時間近くかかるので相場は300ルピーくらいだといわれた。

 

「ヘイ!タクシー!」
「あいよ。おまっとさん。兄ちゃんどこまで?」
チケット購入の際にメモに書いてもらった駅名を見せる。
「600ルピーだね。はい乗った乗った」
「・・・ご縁がなかったということで」
タクシーは次から次にやって来る。こういう輩は速攻チェンジだ。一方通行なので、後ろの方へ歩いて行けば追ってこれない。

 

 

「ヘイ!タクシー!」
「へい、お待ち」
(・・・悪人面だなあ)
「そこまでなら600ルピーだわ。はい乗んな」
「またかよ!高いわ!300って聞いたんですけど!」
「早く座りやがれ!」
逆切れタイプも多い。こういう人間に身を任せるほどの冒険心を僕は持たない。
「さらばじゃ」タタタタタ!

「待って!550ルピーで良いよ~」
遠くで聞こえる声。
いつも思うのだが、これで彼らは300ルピー損したことにいつ気づいてくれるのだろうか。

 

 

「ヘイ、三度目の正直」
「どこまで?」
(・・・やる気の無さそうなオヤジだなあ)
「ああ、そこまでなら250ルピーね」
「は?」
「だから250ルピー」
「一人250ルピーってことですか?」
「は?」
聞き間違えたのかと思ったが、このやる気のないオジ様のやる気の無さそうな目は嘘は言ってなさそうだ。
しかし安すぎも少し怖い。こういう場合は自分の馴染みの宿や土産屋なんかに連れ込んだり、空き地に連れてって身ぐるみ剥がすという類かもしれない。
少し緊張しながらもタクシーに乗り込む。


オジ様はやる気が無さそうだけれども、運転テクは半端無かった。
コルカタ名物大渋滞。鳴り響くクラクションは、虚しくもただの喧騒と化してコルカタの空に消えていく。車線はあるようでなく、そこに車とリキシャと通行人と野良犬と馬車と荷車とバスと路面電車が同居している。

そんな絶望的なカオスの中、風のように走り去る一台のタクシー。そうオジ様だ。
オジ様の脳内には車線とか交通ルールとか危険とかゴメンナサイは存在しない。割り込み、信号無視、逆走は当たり前。時には路面電車を止めるというウルトラZの荒業まで披露する。そのうち「まくるぞ~」とかいって壁を走りそうな勢いだ。


オジ様は大渋滞の中をわずか40分で駅についた。涼しげな顔をしているオジ様に300ルピー差し出した。
お釣りを渡そうとするオジ様に僕は言った。人生で初めて言った。

 

「・・・釣りは・・・いいです」