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tabing 世界一周

旅好きな夫婦が世界一周してきます。旅好きな人たちが集まるサイトです。

一人の男が世界一周に旅立つまでの道

②旅の準備

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「なぜ世界一周する気になったのか?」

これは旅先で出会った人に一番よく聞かれることだ。

確かに言われてみれば何でこんなことしているのだろうと思う。

5年勤めた仕事を辞め、今まで貯めてきたお金をたった1年でパーッと使ってしまう。もちろんその間は無収入の空飛ぶニートだ。

 

同じ世界一周をしているバックパッカーに話を聞いてみると、だいたい3つの理由に別れる。

 

①友達や先輩に話を聞いて行きたくなったから
これは大学生に多い。最近の大学生の間では旅についての交流会なるものがあるらしく、SNSで呼びかけあって体験談などを聞いたりするらしい。
なるほど、だから旅先で出会う日本人大学生バックパッカーは高学歴が多いわけだ。

 

②本や映画を見て憧れたから
深夜特急」「モーターサイクル・ダイアリーズ」などのバックパッカー文学や最近流行りの「死ぬまでに行ってみたい絶景」などの絶景本、他にも宗教や建築や哲学、映画や写真集やマンガなどなどがきっかけになったという人たち。
このタイプはだいたい同じようなものを読んだり見たりしているので、話が盛り上がりやすい。

 

③日本社会ドロップアウト
会社や大学や人間関係など、日本社会の鬱屈した環境が嫌になって飛び出したタイプ。とにかく日本の環境と肌が合わずに苦しんだ挙句、旅に活路を求めたり、ふらっとダイブした人たちだ。
このタイプは超長期放浪の旅に出る人たちが多く、その旅は数年(最高で10年の人に会った)にも及ぶ。もしくは半年ほどバイトをして貯めた資金が無くなるまで放浪するという生活を何年も繰り返している人もいた。

 

 

全体として「外の世界で自分を試したい・鍛えたい・見聞を広めたい」という大前提があるが、おおまかにこの3タイプに分けられそうだ。
かという僕は②と③の間くらいかな。

ここまでくると世界一周の旅に出た人間がどのような経路をたどってそこに行き着いたかというのを深く考察するのも面白そうだ。


全国の目に入れても痛くないかわいいお子さんをお持ちのお父さんお母さんのために、僕を実験体としてどういう道を辿ってしまうと世界一周なんかに飛び立ってしまうのかというのを示しておこう。
(注)すごく長いです

 

 

 

1,ド田舎中二病

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僕が生まれたのは島根県というド田舎。

島根県と聞いてすぐさま3つ以上の『何か』を挙げることができようか?

そんなことはWikipedia島根県民にしかできない。なんせスターバックスがつい最近やってきてくださってそれが大ニュースになったような田舎だ。

 

FC版ドラゴンクエストⅢと同い年の僕は、厳しい日本海の荒波と無限に続くかのような深い中国山地に囲まれたまさしく陸の孤島で育った。

このド田舎というのはポイントになる。

 

普通の田舎の家庭に育ち、ファミコンとテレビと共に成長したまさしく普通のこどもだった。島根県というところはかの民主党政権誕生の総選挙の時ですら、胸を張って自民党議員を送り出したほどの超がつく保守なお国柄(なお投票率もずっと1位だ)

 

ということで「ALWAYS3丁目の夕日」のような世界がまだかすかに残っているようなところだった。

良い意味でも悪い意味でも。

 


そんな僕は見事なまでの『3ない学生』だった。
勉強できない・運動できない・モテないの3ないだ。
これでは宿命の如く中二病に患ってしまうのも無理はなかった。そういう時代だったなあ。

 

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中二病のきっかけはBSアニメ特選だった。

小学生の頃、夏休みの朝にAKIRAを見て完全に狂った。そして繰り広げられる「太陽の王子ホルスの大冒険」「空飛ぶゆうれい船」「機動戦士ガンダム」「トップをねらえ!」「あしたのジョー2」「白鯨伝説」「ふしぎの海のナディア」・・・

 

あの子供向けの時間帯に見せるようなレベルではない特濃アニメばかり。今思えばこれは政府の陰謀に違いない。NHKと結託して人類オタク化計画を成就させるため、出崎統を駆使して無知なる子供たちを洗脳していったのだ。

 

 

さらに中学生にして小遣いで歴史群像シリーズ」を買うような硬派な歴史マニアになっていた。テストが終わると問題用紙の裏で「もし関ヶ原の戦いで西軍が勝った場合の領地配分」などを妄想しながら書いていた。う~ん黒田如水の扱いが難しい。

まさしく「3ない」からの逃避をフィクションと過去の世界に求めていたのだ。

 

この時得たムダ知識が後の世界一周の土台を成しているとは気づいていなかった。

 

 

 

2,世界の広さを知った18歳の夏と活字中毒

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大学もド田舎のところに入学した。
勉強も嫌いだし、夢もなかったので、友人に進められて一緒に受けた。そいつは落ちた。
なぜまたド田舎に行ったかというと、そもそも都会に憧れなど持つ前に都会を全く知らなかったのだ。

※あと近場ならクルマ買ってやるっていわれたから


家族旅行などほとんどしない家庭だったし、ド田舎すぎて周りにもそんな洒落た奴がいなかったのもある。

 

学校に通いだすと世界が変わった。
同い年なのにみんなお洒落だし、見たことないアイテムを持ち、聞いたことないことばかり話している。

 

ファッションってなんだ?僕は年中制服だったし、お洒落して出かけるところなんてなかったから服なんて2パターンくらいしか持ってない。僕の田舎ではDQNですらファッション雑誌の裏の通販で何となく服を買っていた(当時、AmazonやZOZOTOWNなんてものは毛ほども知らなかった)

 

そして都会から来ている同級生と仲良くなり、始めて都会を案内してもらった。家族旅行でも観光名所しか行かなかったので、地下鉄とかアウトレットモールなんて全く知らなかった。そしてこの時、生まれて始めて吉野家に行った。あとセブンイレブンもファミマもスターバックスも。

 

 

島根県というところは先程も言ったが陸の孤島なのだ。
新幹線はないし、飛行機なんて誰も使いやしない。都会に行くまでは何時間も高速道路に乗っていかなければならない。しかもその都会とは広島や岡山だ。

 

大阪や東京に行ったことある友人はほとんどいなかった。行ってもディズニーランドや親戚の家だった。ほとんど都会とはどういうところかイメージすら出来ない。

都会とはテレビの中にあるもので、都会とは自分たちに縁もゆかりも無いところだった。

※ちなみに僕の母校は小中ともに廃校となった。

 

 

始めて友人に都会を連れ回してもらって気づいた。
「俺はなんてもったいない人生を送ってきたのか」と。
都会は見たことない景色、カルチャー、商品で溢れていた。同い年の都会の子が部活帰りにマクドナルドやイオンで遊んでいる頃、僕らはいくら待っても来ない電車を駅前のコンビニで立ち読みしてぼーっと待っていた。

 

今でこそ田舎も良いかなと思えるが、あの時の「もったいない感」「やっちまった感」は絶望に近いものがあった。

 

今ならインターネットがあり、都会との差はだいぶ縮まったように思える。だが僕が高校生くらいまで、僕の実家は光ケーブルなんて全く届いていなかった。ヤフーニュースですらしこたま待たされるような遅い回線しかなかったのだ。

もちろんYouTubeなんて使おうものなら即シャットダウンだ。

 

ともかく友人のお陰で世界が一気に広がった。すべてが新鮮だった。

そして友人たちと車泊でいろんなところを周った。今までテレビや歴史の本でしか知らなかったところへ実際に足を踏み入れる。
これが18歳にして始めての外界との接触~『旅』との出会いだった。

 

 

 

さらにこの時の読書量が人生を決めたと言っても過言ではない。

世の中にいろんな世界があることを現実的に体感することで、知識欲求が蜘蛛の子を散らすよう広がっていった。古本屋や図書館で手当たり次第に本を読んだ。概して学生とは暇人である。そしてこの時に勉強したことは、専攻とは一切関係のないことばかりである。そう、概して学生とは暇人である。

 

 

そんな時に読んだのがこの記事にある三大禁書だ。

この三冊の本で人生が決まった(狂わされた?)といっても良いだろう。

それくらいこの時期に読む本というのは、学校の授業なんかよりはるかに大事だ。

フロンティアへの旅の楽しみを知り、脳内の奥深くに刻み込まれた金言集。

ここに僕という人間が完全に形成された。

 

そして僕の脳の奥底で、危険な夢が芽を出した。

 

 

 

3,社会人絶望期と一人旅

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学生時代は本当に楽しかった。

無駄にくっちゃべったり、無駄に酒を飲んでみたり。
そして旅行だ。どれも極度の貧乏旅行だったが、僕はここで旅の楽しさを味わった。


知らないところへ行くというドキドキ感、そして不安。実際行ってみると「なんだこりゃ?」ってところもあったし、「思ってたよりすげええ!」ってところもあった。
そんな友人たちと卒業旅行のあとに約束した。
「働いて金稼いだらもっと旅できるな」と。

 

僕達の青い夢は就職してすぐにそれがドリームキャストばりの砂上の楼閣だったことを思い知った。
『学生は金はないけど時間はある、社会人は金はあるけど時間がない』
そう、休みが殆ど合わないのだ。

せっかく休みが取れそうでも今度は友人が急な出張。気づけば友達と会えるのは1年に2、3回になっていた。

 

 

そしてさらなる悲劇が僕を襲う。
社会とは実にくだらないところだったからだ。
僕は少しくらい社会に希望を持っていた。もっと大人の世界かと思っていた。
実際は中学校と変わらないではないか。まあそんなたいそうな会社に就職したわけではないので当たり前かもしれない。

 

責任のなすりつけ合い、陰口、やる気のない上司、無意味な会議やシステム・・・

話していることといえば、酒に女にギャンブル。本どころかテレビのニュースも読んでいない、もちろん投票にも行かない。これが大人なのか?これが社会なのか?
今ではそれも生き方の一つだと納得しているが、まだ青かったその時の僕は絶望した。僕はただカラカラと空回りしていた。

 

今思えば絶望から目を背けるためだったのかもしれない。僕は一人旅を始めた。
絶望は自分への落胆とイコールだからだ。もっと努力していれば、もっといろいろ経験しておけば、もっと・・・

 

でも一人旅はそんな僕の唯一の楽しみだった。金もある程度自由になったし、車も買った。友人との旅行も含めて、2年で西日本は鹿児島と宮崎以外全部行った。
ちょうど土日祝日高速料金一律1000円のナイスタイミングだったのが大きい。車泊すれば質は良くないが量はかなり稼げた。

 

しかし、そんな一人旅もだんだん行くところがなくなってきた。新しい発見を求めての旅が好きだったので、一度行ったところはあまり興味がなかった。だがあまりに遠いと車では厳しいし、かといって車泊でなければ出費がかさむ。

 

 

そんな中で目をつけたのは山だった。

ちょうど一眼カメラを買ったので練習したかったのもあったし、幼いころ憧れた植村直己の存在も強かった。
そして見事にのめり込んだ。運動音痴だった僕だが、どうやら登山は向いていたようだ。気づけば登山装備をヤフオクで揃えてソロでテント山行までしていた。カメラよりもはるかにカネがかかったのは言うまでもない。

 

近所の低山から始まり、石鎚山、白山、富士山、剣岳白峰三山縦走、槍ヶ岳高天原温泉、水晶岳・・・
山にハマってたった3年でこれだけの山を巡った。それくらい山に押しやる何かがあったのだろう。

 


もうお分かりだろう。

 

山の次は海外しか無い!

現実逃避という趣味活動の行き着いた先には、夢だったあの世界一周がかすかに、だがしっかりと見えている。

 

ということで偵察旅行として東南アジアに行ってみた。
楽しかったので仕事を空けてアジアを巡った。

もっと楽しかったので仕事なんか辞めてやった。

そして今、仕事を完全に辞めて世界一周まっただ中というわけだ。

 

 

 

ここに至るまでの道は、

①学生時代に溜め込んだムダ知識が、旅の楽しさを知ったことで『見たことのない世界』への憧れに転化し、ほのかに世界一周を夢見るようになる。

 

②全く合わなかった職場から逃げ出すように、楽しかった学生生活の貧乏旅行を再現し始める。

 

③現実逃避は麻薬のように耐性が強いため、どんどん強い刺激を求めて山に向かう。

 

④山の先に辿り着いたのが、夢だった世界一周だった。

 

 

 

まとめ

はあ~ずいぶん長くなった。
なんか自伝みたいで恥ずかしい。

 

 というか冷静に見てみると、

 

これ完全に

中二病がそのまま大人になったピーターパン・ニート野郎じゃないか!!

 

 

道理で日本社会に適応できないと思った。
日本は僕みたいなフーテン野郎には厳しい世界。

エリートキリギリスな僕は、何をやってもいずれは世界一周にたどり着くべき宿命だったのかもしれない。

 

たぶん僕は本来スペインで昼間っから飲んだくれてる爺か、ラオスで一日中寝ているトゥクトゥクのオヤジになるべくして生まれた人間だったのだ!
なんで日本のような真面目な国に生まれてしまったんだ・・・

 

 

でも日本に生まれたおかげで世界一周なんかできている。

世界では海外どころか隣の町にすら行ったことがない人が何億といるのだ。
その日の食べ物にも事欠く貧しい人々をたくさん見てきた。それを見てどう思うか?
同情はしない。彼らだって同情するなら金をくれ!と言うだろう。

 

だからこそ日本に生まれてよかったとも思える。
たしかに日本は生きづらい国かもしれない。自殺者は年間30000人を越える。死にたくないのに餓えやテロで殺されている人がいる中で。

 

そんな中で僕は今、自分がしたかったことだけで生きている。まさに夢の中だ。しんどかったり騙されたりするけど、でも最高に楽しい。

 


これで何を得るのか?
夢は叶った。経験が増えた。友人も増えた。
でも金にはならないし、無職だし、職歴に穴が開いたし、貯金は無くなってきたし、帰ってからの予定は白紙だ。

正直、純日本人的な目で見れば失ったもののほうが多い。生涯年収や年金なんかも普通の人よりガクッと落ちるだろう。

 

世界一周に限らず、自分のしたかったことをとことん出来たら『良い人生だった』と割り切れるのだろうか?

まだ答えはわからない。けど芸術家とかお笑い芸人とかスポーツ選手とかもそういう気持ちなのだろうか?

 

 

でもとりあえず今言えることは『まあ楽しかったかな』である。
たぶん明日死ぬといわれてもそう言えると思う。

 

 

 

以上、世界一周に旅立ったある男の経路でした。

全国のお父さんお母さん、お子さんが中二くらいで植村直己とかチェ・ゲバラの本なんか読み始めてたら要注意ですぞ(笑)

 

まあ人生何が正しいかなんかは誰にもわかりません。
でももし僕に子供がいたら、人様に迷惑をかけないなら好きなことやって後悔なく生きて欲しいかなと思います。

 

そしてできればスティーブ・ジョブズみたいになって僕に楽させてくれたらなおのこと良しです('∀`)

 


まだこの旅は続きます。あと1ヶ月位です。最後まで無事であるますように。