僕が世界一周の旅で撮った14496枚の中で一番好きな写真

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この写真はネパール第2の都市ポカラで撮ったものだ。

11ヶ月、世界を一周して撮りまくった14496枚の中で一番好きな写真だ。

雄大なヒマラヤや神秘的なウユニ塩湖でもなく、難解なサグラダ・ファミリアや荘厳なアンコールワットでもない。その写真はネパールの小さな薬屋を撮った一枚だった。

何度もすべての写真を見回したが、やっぱりこの写真が「撮れた」という感覚が一番しっくりくるのだ。

 

 

何故だろう?と考える。

ポカラの町は好きだが、ここはヒマラヤトレッキングのベースキャンプみたいなところであって、何の変哲もない外国人観光客向けの町といった印象だった。

しかもこの写真を撮ったのは、5日間に渡るヒマラヤトレッキングから下山した後だった。5000m近くまで登り、雨季にしては奇跡的といえる晴れ渡ったアンナプルナの堂々たる姿を目にしたそのすぐ後だ。

 

この写真を撮った時、それはそれは暇だった。

ちょうどネパール最大の祭りダサインを控えていた。日本語がペラペラのゲストハウスのおじさん曰く、ダサインの祭りはポカラが一番だという。それにこの時期はネパール人が一斉に移動するからバスは満員、道は大渋滞、首都カトマンズはホテルも満室だとか。

トレッキングの疲れもあったし混雑は嫌いだ。何となくおじさんの術中に嵌められているのかもしれないと思いつつ、「宿代安くするからお祭り見てってよ」なんていうので1週間ポカラの町でゆっくりすることにした。

 

ポカラは晴れれば8000m峰の山々が見渡せる湖畔の町。

とっても静かで飯もうまいし、おいしいコーヒーだってある。だけどとても小さい町だ。

僕らは行きつけの食堂で遅めの朝食(ハニートースト、ミルクティー)を取り、宿に帰って本を読み、日差しのきつい日中はコーヒーショップで涼んで、暗くなってきたら晩飯を何にするかぶらぶらと散歩しながら決めるという1日を延々と繰り返した。

 

今思えば天国の住人のような日々だが、天国は思っていたより退屈だった

僕は気づけばカメラを持って見慣れた町をパシャパシャと撮り始めていた。退屈しのぎのモノクロスナップ散歩。

その時の一枚がこの写真だった。

撮れた時、「おっ!」となった。いい絵だなあなんて思いながら、とりあえず水平線を合わせて撮っただけのモノクロ写真。なぜかすごく気に入った。

 

結局それは今考えると、自分で撮った写真だったからかもしれない。

旅をしているとそこら中が格好の被写体だらけだった。もうどこを切り取ってもファインダーを覗けばそこには非日常の画が流れている。

だが今思えば、そこには撮らされている感覚があった。

有名な観光地や世界遺産であればあるほど、その感覚に陥った。どの角度から見ても、初めて見るのに見慣れた構図だった。だから無理矢理奇をてらってみたりする。でもそれも撮らされていることに違いはなかった。別にプロのカメラマンでもないんだから気にすることはないのだが、僕の(今はもう動かない)OM-D EM-5ちゃんはご機嫌斜めだった。

 

 

だからこそ、この何でもない町の何でもない日常の景色の写真こそ、僕の一番好きな写真なのだろう。

この写真を撮った前後というのは今でも鮮明に思い出せる。

土産屋の前を歩いていた。絵葉書や民族衣装や偽物のNORTH FACEのバックパックが並ぶ。十字路で立ち止まってバイクが通りすぎるのを待つ。溝で寝ている犬。大きな樹の下にはたくさんのバイクや自転車が並んでいる。木陰で4人の暇そうなおじさんがこっちを見ている。その内の一人がタバコに火をつける。道を渡っていると目の前に薬屋が見えた。そこで何の気なしにカメラを構える。帽子をかぶった子供が出てきて座り込む。構図を決め、ピントを合わす。シャッターボタンを押す。道を渡りきる。何故か気になって再生ボタンを押して写真を見る・・・

 

 

この一枚は、そんな体験を生み出した初めての写真だった。

その瞬間を焼き付ける記憶のバックアップとしての写真ではなく、純粋に写真を撮るためだけの写真だった。

なんか変な感じだけど、結局写真というのはそういうものなのかもしれない。

 

 

 

 

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