人はなぜ旅をするのか?「ソングライン:ブルース・チャトウィン」
旅が終わり、定住生活をする羽目になり、そして旅の本を避けていた昨今。
久しぶりに旅の本を読んだ。超強烈なやつを。
これは危険である。定住生活の苦しさの根幹をバッサリと暴露する。
ということで、危険極まりない旅本だが、定住生活の苦しさに一抹の旅の匂いを嗅がせてくれるという効果もあるので紹介してみよう!
※旅の禁断症状が出そうな人にはおすすめしない。
ソングラインとは?
ソングラインを語る前に、作者であるブルース・チャトウィンを知らなければならない。
ブルース・チャトウィンは、鑑定士であり、考古学者であり、新聞記者であり、小説家であり、でもって旅人である。そして旅の病で死んだ。享年48歳。
天才的でオリジナルな紀行文は英米文学において、というか旅本では至高の逸品であり、孤高の存在でもある。ドラマチックな旅の人生は、「パタゴニア」や「ウィダの総督」などの名作を生み出した。
そして定住生活に苦しむ僕のような人間の救世主であり、劇薬でもある。
- 作者: ブルース・チャトウィン,Bruce Chatwin,北田絵里子
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2009/02/27
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 36回
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そんなチャトウィンの死ぬ2年前に書かれたのがこの「ソングライン」だ。
舞台はオーストラリア。
ソングラインとは、オーストラリアの原住民であるアボリジニの文化である。
「文化」という言葉自体が、近代文明的なのでうまく当てはまってはいないが、近代文明にどっぷり浸かる我々にはひとまずそういうしかない。
ソングラインは読んで字のごとく、「歌の道」である。
アボリジニは約6万年以上も前に、インドの方からかつてあったとされる大陸や島嶼を伝って、オーストラリアに渡ってきた。
彼らは精霊を信じており、彼らから見たら、大地の木や動物や石ころにもすべて精霊が宿っている。
そして彼らは大地を歌の道によって記憶し、先祖代々守ってきた。我々からみれば何もない荒れ地であっても、彼らが歌えば、どの先祖や精霊がいつ通ったか、どの精霊が宿っているか、そこに泉がある、食べ物がある・・・とたくさんの記憶の情報が蘇る。
チャトウィンは、そのアボリジニの歌の道を知るために、オーストラリアにやってきたのだ。
ソングラインの特殊な構成
ブルース・チャトウィンの紀行文は、現在の情報過多で何でも答えや注釈がベタベタ張られた媒体をただ消化している我々にとって、ちょっと読みづらいといえる。
事実と小説と夢が織り混ざり、順番もクソもない。ある意味「読む旅」でもある。
ソングラインは特に特別で、「アボリジニの擁護者たちとの旅とアボリジニとの出会い」というストーリーに、「チャトウィンのかつての旅のノート」が交互に繰り返される構成になっている。そしてモレスキンが欲しくなる。
はじめは取り付く島もない紙面上の遭難者になった気分だが、徐々にその繋がりの糸が絡まり合い、チャトウィンの記憶の道によって大地が作られていく。
ちょっとした旅のような読後感と、定住生活の虚しさが一気に襲い掛かってくるので、ハマる人には救いようのないダメージ?を与える。
ああ、どこでも良いからここじゃないところに行きたい。
本題「人はなぜ旅をするのか?」
さて、ここで本題だ。
チャトウィンは別に研究者ではないので、数学の公式のような答えは出さないし、出す気もない。
だが、チャトウィンの「人はなぜ旅をするのか?」という人生を賭けた疑問の彼なりの答えへの道がポツポツと点繋ぎで語られていく。決して答えはないが、でもふと自分なりの答えへと導いてくれる。※これがチャトウィンの超絶技巧。
定住生活と遊動生活
現在の人間の高度な社会は、まさしく定住生活革命によって存在する。二足歩行のお猿さんだった頃から、よくもまあ頑張ったものだ。
なので、定住生活こそ素晴らしいという大前提がどこにもかしこにもガッツリと組み込まれている。
「遊牧生活や採集狩猟生活は遅れており、野蛮である」というのは、子供でも身にしみている。そこには人間は本来野蛮で攻撃的であるという固定概念も込められている。
だから社会や国家によって野蛮な人間が統制されることにより、人間は文化的で高度な生き物になったと。
だが果たしてそうであろうか?
チャトウィンは、そもそもこの「獰猛な人間」説を否定する。
獰猛な人間たちがより強力な力によって束ねられていったという説ではなく、自然からみて弱者であった人間が助け合うことで集団形成していったという説だ。
人間は大型の肉食動物の餌食であったという説がある。人間は弱者だったのだ。
不安な自然を生き抜くために、人は集まり、言葉による交流や、互酬、異部族間の結婚により、社会の均衡と平和をもたらすために発展したのではないか?
人間は生きるために移動していた。
そもそも人が生まれたのは、気候変動によってアフリカに生じた大草原であり、そこで生きるために二足歩行となった。
それはなぜか?
危険な乾燥した大地を移動するためだ。肉食動物に気付かれないようにイバラの間を歩き、食べ物や子供を抱えながら移動するには、二足歩行でなければならなかった。
進化の記録はすなわち捕食動物と獲物との軍拡競争の記録である。というのも、自然淘汰によって選ばれるのは、最強の防御装備を持つ獲物と最強の殺傷装備を持つ捕食動物だからだ。
亀は甲羅の中に引っ込む。ハリネズミは硬い毛を逆立てる。蛾は樹の皮そっくりに化ける。
しかし人類は樹木のない平原で身を守る術を持たなかった。
僕たちは頭を使った。
人間が頭を使って出した答えは、「移動生活」だった。
豊かなジャングルの樹上とは違って、乾燥した大地では水や食料は移動し続けなければ手に入らない。今のアフリカゾウやヌーと同じく。
人間は生きるために集団で移動し、大型の肉食動物と戦った。火や道具を使って。
生物学の一般的な法則に照らせば、移動性の種は定住性の種ほど攻撃的ではない。
これらにはひとつの明白な理由がある。移動すること自体が、巡礼に違わぬ過酷な旅だからである。適者は生き延び、落伍者は道端に倒れ、これによって集団の水準が保たれる。
旅はこのように、ヒエラルキーの力を借りること無く、優位な個体を明らかにする。動物界の独裁者は皆、豊かな環境に生きる。権力に反発するものは、いつの時代も、さすらいの紳士なのだ。
人間は移動することで、より強い集団を作り、より良い環境を目指した。
そこには獰猛さはない。
つねに食糧豊富な地域では、動物は自分の取り分を主張し、守るために、攻撃的な誇示行動を取るだろう。
厳しい条件の揃った不毛地帯ーそれでも移動という手段がたいてい残されているーでは、動物は乏しい食糧でしのぎ、無駄な争いを避ける道を見出す。
チャトウィンは、アボリジニのソングラインを超えた「歌の道」を辿れば、それは始まりのアフリカにたどり着き、最初に旅に出た勇気ある人類の始祖にたどり着くと締める。
人間は放浪する生き物なのだ。
なぜ豊かな環境の覇者となった現代人が、旅に出るのか?
それは人間は生きるために放浪してきたからだ。
と、チャトウィンは言いたいのではないか?
私論「人はなぜ旅をするのか?」
人間は本来、定住生活するようには出来ていない。そんな中で、都市化という異常な密集社会で暮らす我々は、果たしてどのような状態なのだろう。
チャトウィンの説を鵜呑すると、旅に出たくて仕方がない放浪者は、どこか本能で「ここは自分に適していない環境」だと判断しているからではなかろうか?
それとも、本来は道端に倒れる落伍者であったからなのか?それともより強い存在なのか?
ということで、僕のような現代社会=定住生活に相容れない不幸者は、厳しい旅に出るべきなのだ。
この息苦しさは、旅をすることだけが唯一の特効薬のようだ。例えそこでのたれ死んでも。
たしかに旅をしている時は、異常に楽しかった。超絶健康体で、ストレス知らず、朝は目覚まし時計が起きる前に飛び起き、夜はウキウキと眠りについた。自然も旅したが、もちろん都市と都市を飛ぶ間でもそうだった。
アイデンティティーとか何とかの前に、そもそもこんな生活が耐えられない人間がいるはずだ。発達障害なんてのも、きっとそんな気がする。本来遊牧生活でもしてりゃ、障害なんていわれない、むしろ有能かもしれない。
定住生活が行き過ぎた結果、定住生活からの落伍者や不適応者はただただ苦しむ。だが現代の日本は、旅(移動)する場所や機会さえ限られている。そしてそこから抜け出すことは、社会から弾かれるという恐怖が付きまとう。これだけ高度化した社会では、穴は記録され、挽回する労力と時間は膨大で、それでいて一生何も変わらない。
じゃあ、どうすればよいのか?
- 作者: ブルース・チャトウィン,Bruce Chatwin,北田絵里子
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結論!くよくよせずに旅に出るべし!
結局これしかない。
僕は一年ばかりの世界一周であったが、あれ以上の爽快感は人生においてなかった。
せめて、そんな自分史上最高の状態というのを感じてみるのもよいのではなかろうか?
もちろん、定住社会の極致である現在は、遊動生活なんて狂気の沙汰でしかなく、しかも資金がなくちゃ始まらないので定住社会が生んだ我らが敵の労働が待ち構えているが、それでもチャトウィンのような旅がそこに待っているはずだ。
そしてそこから新たな世界を見出すことができるかもしれない。僕の場合は定住生活のしんどさがより明確になるという逆効果ではあったが、でも視野が広がって、(働いている時以外は)ルーチン生活も楽しくなった。読む本や生活もだいぶ変わった。
旅に限らず、過労死や自殺なんかする前に、一度環境を変えるべきだ。
なんせ本来人間は移動する生き物なのだから!(最強の言い訳)
- 作者: ブルース・チャトウィン,池央耿
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/06/22
- メディア: 文庫
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ブルース・チャトウィンの旅は、この「どうして僕はこんなところに」が一番読みやすく、そして一番チャトウィン節が聞ける。
しかも高価過ぎるチャトウィン本にしては珍しく、文庫なので安いのでおすすめだ。
あとソングラインなどの原文化と近代文明の比較については、レヴィ=ストロースの
悲しき熱帯なんかもおすすめする。もうトーテムポールとか馬鹿にできない。