「極夜行」と旅と脱システム

極夜行

僕が存命の冒険家で一番尊敬かつ愛しているのがこちらの角幡唯介さん。

最初の作品である「空白の五マイル」で度肝を抜かれてからというもの、ずっとこの人の事を著作で追っている。

冒険自体もすごいのだが、なんせ文章がうまい。元記者にしてはとにかくうまいのである。

深い内省的な話から、次の段落では肛門の話まで飛躍する。まさに文章が絶賛冒険中なのだ。

そんな角幡氏の最新作「極夜行」を読み、このブログの(最近忘れがちな)旅についてというテーマを考えさせられたので感想を書いてみる。

 

 

 

 

脱システム

今回の「極夜行」は、極夜という極限状況での冒険をもとに描いた書籍だ。

 

極夜(きょくや)とは南極圏や北極圏で起こる太陽が昇らない現象で、三〜四ヶ月から六ヶ月間は闇に包まれる。極夜の反対は白夜だ。

探検家の角幡唯介氏は、グリーンランド北西部にある地球最北のイヌイット村、シオラパルクに拠点を置き、極夜の中、グリーンランドとカナダの国境付近を四ヶ月かけて探検した。

と紹介文であるように、 簡単に言えば太陽が全く昇らない環境で-30℃にもなる北極圏をただただ四ヶ月歩くという冒険

この発想自体が完全にクレイジーとしか言いようがない。

 

だが、地図の隅々まで冒険しつくされ、Google Mapでコタツに入りながら世界旅行までできてしまうこの現代において、この極夜での旅とは最後に残された「冒険」である。

ここで著者は脱システムという考えを披露する。

脱システムとは読んで字の如く、既存社会を覆っているシステムから離れたところに行くことだ。

なので今回の冒険では、極力近代利器は使用しない。例えばGPSなどだ(実際はちょっと使ってまうが)

代わりに六分儀、犬、橇といった最低限の道具のみで極地探検に向かった。

 

この脱システムという考え方、これは僕が世界一周旅行をしようと決意した時、かけ離れてはいるが似たような思考回路を辿ったことがある

日本は豊かだ。これは非常に高度かつ複雑なシステムのおかげである。何気なく使っている日常の風景も、よくよく観察すればあまりにも複雑なシステムで成り立っている。コンビニやすぐ届く荷物、都市部の交通インフラなんてのは極めつけだろう。

だが、この便利で効率的なシステムを利用するために、我々日本人はそれ以上の代償を払っている・・・と考える一部の人間がいる。僕のように。

 

この豊かさと便利なインフラや政治社会システムを維持するために、我々は長い時間働き、複雑なルールの網の中を暗黙の了解で我慢して耐えている

だが、そこまでしなくても良いから、もっと楽に生きたいという人は少なからず存在する。だが、この生き方は自己責任という名の恐怖である。

まあ当たり前だ。

だが、もはや人間のためのシステムなのか、システムのための人間なのかよくわからなくなっている。僕はそう感じてしまうのだ。

それを苦と感じる人間は、ただ耐えるか、逃げるか、それしかない。耐えるのは意外に簡単だ。だってみんな耐えている。

世界のたけし曰く「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というが、「青信号、みんなが渡るまで渡れない」が日本社会であると思う。

逆に逃げるのは非常に難しい。一度逃げてしまい、それでもし戻ってこれなかったら、もう居場所はなく這い上がることは難しい。

これは日本という国の良い面と悪い面の両方が現れている。同質的で流動性のない社会は、逸脱さえしなければのうのうと暮らすことができる。

いや、出来ていた。最近の暗い雰囲気は、それすらも瓦解寸前だからであろう。もはやこんなガラスのアメでは、若者は騙せない。

 

だがこの安定志向こそ、「耐えるだけの生活感」という苦痛になってしまう。

システムの中という安全圏は、個人を殺しルーチンワークすることで部品の一部として組み込んでもらえる。

もちろん、システムの中で自由に生きようとする人もいる。起業する人などはそうであろう。だが、そのリスクも怖いし、こちらはかなり努力と運とセンスを要する。まあコストが高い。

かといって、始めからシステムの中で良い位置にいる人間もいる。最近はずいぶんと良い位置が絞られる代わりに、ますます居心地は良さそうだが。

 

システムとは、諸刃の剣なのだ。

 

 

 

システムからちょっと逃げる=旅

そんなシステムで耐えるだけの根気もなければやる気もない僕のような人間はどうすればよいか?

そりゃ逃げるしか無い。

西洋のようにバカンス休暇のような長期休みもなく、常にシステムの中でセコセコするしかない環境では、いつしか参ってしまう。

日本の自殺者が異常に多いのもこれが原因であると思う。

自殺を逃げるというのは失礼かもしれないが、システム外への逃避の選択肢としては入っているだろう。

 

だが僕は自殺するくらいなら、世界旅行=システム外への逃避を行ってみるべきだと思う。

もちろん、グローバル化された世界は、日本とさほど変わらないシステムが蔓延っている。だが、世の中が日本のシステムだけではないということを知ることは非常に重要だ。

また自殺する気はなくても、ちょっと遠くを見てみたいという人も、旅は非常に有用だと思う。

僕はもちろん自殺する気などサラサラなかったが、とにかくこの日本型システムが苦痛で仕方なかった。

そして世界一周旅行を行った。角幡氏の冒険とは全く違い、GPSとインターネットを駆使し、グローバルな資本主義システムの中で、大いに利便性とコストパフォマンスを追求した旅行であったが、これは僕なりの脱システムであった。

 

世界を見るということは、百聞は一見にしかずというが、まさに多様なシステムを垣間見ることであった。

人間は集団生活=社会を営むに当たり、自ずとシステムを作っている。だが、そこには地域や宗教や人種によって、多種多様でユニークなシステムが有る。この資本主義的、科学技術的なシステム以外のシステム、人と人の生活のシステムというのは、スマホだらけの現代においてもしっかりと生き残っている。

 

旅というのは、自らが所属するシステムから脱した状態であり、他のシステムにお邪魔することなのだ。

例えば、スペイン人は朝起きて家族で食事をして、九時位に出勤して職場の仲間とコーヒーを飲み、昼前には家に帰って家族と食事をしてシエスタで眠り、夕方から夜まで仕事をしたあと帰りにバルで一杯ひっかける。

インドのラジャスタン州では、暑季の頃は日中50℃近くまで気温が上がるので、町は死んでいる。早朝と夕暮れ以外、人っ子一人いなくなる。

中国のド田舎に行くと挨拶代わりにタバコをくれる。モロッコ人はおっさんたちがたむろして激甘のハーブティーばかり飲んでいる。アルゼンチン人は日曜日に半日かけて肉を焼いている。これはパパの仕事だ。

 

僕は角幡氏が言うような「脱システム」がしたくてヒマラヤ山脈や巡礼路も旅したが、そこには全て資本主義的なシステムが存在し、ヒマラヤの標高4000mでもWi-Fiは繋がるのであった。

だが、人々の生活という個性的なシステムはそこにあった。

脱システムは叶わなかったが、たくさんの可能性を見ることが出来た。人々はそのシステムの中で生き、日本人と同じように耐えたり逃げたりしていた。ゆるいシステムもあれば、日本以上に強力なシステムもあった。だが色んな所に抜け道はあってそこが人間らしい。

 

 

旅は脱力システム

結局、冒険のような勇ましい脱システムは、現代においてよっぽどなことをしないと不可能だ。

だがいろんなシステムを体験することにより、システムに囚われすぎている自分というのがわかってくる

世界は思っているよりずっと広いのだ。

システムに囚われすぎるあまり、自分の可能性を潰している人が多い。この感覚ははっきり感じていなくてもストレスになっている。

だがシステムはシステムであり、もはや人間のためのシステムではなくなっているから、逃げてしまうのも良いだろう。あまりに固執したり、それを他人にまで強制するような人間には、決して近づかないほうが良い。あくまでもシステムを使っている人間でいなくては、人生に主体性が無くなってしまう

こういった視点を手にしたのも、世界一周旅行のおかげであり、最大の価値でもある。

 

システムの中で生きることは「妥協」であり、システムの中で得た物(お金など)を使って好きなことをする人生、最近の若者はこういった生き方をしている。

システムから逸脱はしないが、埋没はしない。日本的な気質に合わないこの考えも、最近やっと認め始められてきている。皮肉にも金や安定をちらつかせて成り立たせていたシステムの力が弱くなってきているからなのだが、まあ良しとしよう。

かつてバックパッカーが流行った時期は、システムの急激な変化と合わさっているような気もする。

旅は結局、脱システムとまではいかないが、脱力システムにはなる。ほんの少しの脱力でも、今まで見えてこなかった視点を手に入れることができる。これは人生において、一度しかない人生において非常に大切な経験だ。

 

 

 

まとめ

 

極夜行では、GPSを使うか迷い、非システム的な大自然に怒り、もろシステム的な動物愛護観により犬を食うか食わぬか悩む、そんなシステムとの間の揺れ動く姿が印象的であった。

こんな北極圏の誰もいない僻地においても、システムは追いすがってくる。だが、その中での角幡氏の葛藤こそ、我々を引きつけるものがある。

兎にも角にも、犬にウンコを喰わせるシーンだけは是非一読して欲しい。文字だけでこんなに笑ったのは久しぶりだ。

 

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こちらの本もおすすめ。旅する前にぜひ読んで欲しい。

 

 

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