フィッツロイ~セロ・トーレトレッキング 1日目

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パタゴニアという地は嵐の大地といわれるほど強風が吹き荒れる。

そのために非常に天候が変わりやすい。

エル・チャルテンという町の名はそもそも先住民がフィッツロイを指していった言葉だ。

それは「煙を吐く山」

風が雲を運び、雪を弾き飛ばし、山は煙を吐くかのように荒れ狂う。

日本にあったら「吐煙岳」だろう。

 

 

 

 

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しかし、連続32時間もバスに乗ってきた僕らを風の神は見ていたようだ。

朝から快晴。すこぶる空は青い。

天運我に味方す。だが安心はできない。日本の山以上に天候が急変するパタゴニアだ。ちょっと目を話した隙に傘雲ができあがっていたりするという。

 

 

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急いでトレッキング開始だ。

町の北外れを出てすぐ登山口となっている。アクセスが最高だ。車で5時間半かけて新穂高まで行っていた僕からすればここは理想郷である。

なので町からフィッツロイ目前のロストレス湖までの往復は9時間ほどなので日帰りができるのだ。大抵の場合はフィッツロイ日帰りを楽しむ。

しかしこちとらわざわざMYテントを担いで日本からやってきたのだ。

これからフィッツロイと南にぐっと下ったところにあるセロ・トーレを結ぶ23日の旅である。

 

 

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登山口からは坂が続くが、全体としてはなだらかで危険な箇所はない。ルートもしっかりと整備されており、お年寄りも歩いている。

しかし長時間バスに揺られてからのいきなりフル装備トレッキングはなかなかしんどい。ゆっくりしようにも、ハイシーズンでホテル代がバブリーなお値段なのでしようがない。途中、バブリーなガイド付き日本人おば様たちの団体に出会った。何十万もするツアーで来ているのだろう。貧しさは耐えるしかない。山も同じだ。

 

 

坂を登り切るまではやはり焦る。

この間にも山が雲を龍のように吐いているかもしれないのだ。

1時間ほどでビューポイントへ。

すぐ先の白人トレッカーが大声で歓声を上げている。

 

 

 

 

 

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これぞ、フィッツロイ!

世界に冠たるその雄姿。やっと見ることができた。

パタゴニア全体に広がる薄いブルーの雰囲気をつんざくような白い頂。

青と白のコントラストの凛としたフィッツロイは、人工物のような美しさと、自然でしか作れない鋭利さを併せ持つ。

 

 

 

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恐ろしいくらいの青い空にたたずむフィッツロイの、鋭い山容から発する響きにただただ圧倒されるだけであった。

 

 

 

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一度小高い山を越えてしまえば、あとはひたすらなだらかな道を行く。

その間もフィッツロイの雄姿がしっかりと見ることができる。

しかしいくら見ても飽きない山だ。見る度に違う印象を受ける。

魅せつけるようなフィッツロイ眼下の気持ちのよい道が続く。

 

 

 

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エル・チャルテンからのトレッキングは山だけではなく、いくつもの湖を見ることができる。水もとても澄んでいてそのまま飲むことができる。

湖と川が流れる間の木道を行く。

 

 

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3時間ほどでキャンプ地リオ・ブランコに到着。

川のすぐ横で木々の間にある静かなキャンプ地だ。

なんといってもテントを開ければフィッツロイが眺められる。景色は5つ星だ。

しかし、トイレは林の中での青空便所。建築現場にあるような小さな掘っ建てトイレはあるが、みなさまトイレットペーパー片手に林の中に消えていく。

澄んだ空気と緑の濃い林の中での開放的なおしっこは魂まで出て行ってしまいそうだ。

 

 

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キャンプ場のすぐ横の川が水場。とても冷たくて美味しい。川から30m以上離れてから用を足すよう注意書きがある。

 

 

 

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テント設営後、目の前のフィッツロイ直下ロストレス湖へ向かう。

小高い山を一気にジグザグで登っていく。

傾斜はかなりきつく、ほぼ直射日光である。

登り口の看板に「あと1時間だ!頑張れ!」と書いてある。

 

 

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さすがにきつい。

バックパッカーとはけっこう運動しているように思えるが、実はほとんどバスの乗り継ぎや待ち時間なので意外に身体がなまっている。

膝がおかしくなってくる。たった一時間で終わるのに。

新穂高高天原温泉~水晶岳34日を思い出せ!とばかりにかつて半泣きで下山した地獄の登山のたのしい思い出を脳裏に浮かばせる。

 

 

 

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山を登り終え、もう一つ丘を越えやっとロストレス湖があるのだ。

 

 

 

 

 

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ついに到着。ロストレス湖。

フィッツロイ、青い湖、そして氷河だ。

ここはフィッツロイとロストレス氷河を一望できるのである。

素晴らしい景色と氷河より流れてくる冷気で疲れも消し飛ぶ。

 

 

 

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まるで青いフィルター越しに見ているかのような世界。

そこに3400mの峻険な頂が氷河の上に鎮座するかのようにそびえ立つ。

初見の歓声はすぐに立ち消え、諸々ただ美しさに飲み込まれてしまう。

なんと妖艶な山であろう。

 

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大量の雪が高密度に積み重なり形成された氷河は、想像していたよりもずっと青く、また猛々しいものであった。

パタゴニアの氷河は成長が早い。そのため、他ではなかなか見られない氷河の末端の崩壊がここではよく起こるのだ。

パタゴニアの自然を圧縮してできた氷河は、フィッツロイと共にそのパタゴニアの美しさの代名詞となっている。

 

 

 

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湖はとても冷たい。

水は非常に澄んでおり、泳ぎたい衝動に駆られる。

しかし、足をつけると数秒で冷たさは痛みに変わる。

その横で白人の淑女がその豊満なボディを押し込めた水着姿で湖に入っていく。

さすがだ。

 

 

 

 

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湖から少し南にそれるとリオ・ブランコ氷河とスシア湖がある。

氷河はこちらのほうが規模は大きく、また湖の色は絵の具であったコバルトブルーに近い。

巨大な岩塊から流れ出る小さな滝が、たじろぐような深い谷に注ぎ込む。

 

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足がすくむような岩肌にちょこんと座り、しばし景観を堪能。

すると空に恐ろしく巨大な鳥がいるではないか。

コンドルだ。

すごい速さで谷を旋回している。

サイモンとガーファンクルがちらつく中、ファインダー越しにコンドルを追う。

しかし、あまりの速さでなかなかピントが合わない。

その時、女性の悲鳴が鳴り響く。

 

 

 

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驚いてカメラから目を離すと、ほんの頭の上をコンドルが飛び去った。

「なんだ。猿かと思ったのに・・・」

コンドルは僕を見て、そんな顔をしていた。

 

久々に驚きのあまり声も出なかった。

それほどにコンドルは大きかった。

翼を広げたら3mはゆうに超えそうだ。

サイモンとガーファンクルの歌声がどこからともなく聴こえてきたような気がした。

 

 

 

せっかくの絶景なので、飽きるまでフィッツロイ前の特等席に座っていた。

昼前後は観光客で混みあうが、ほとんどが日帰り登山のため、夕方には人影が消えていく。

17時を過ぎるとキャンプ場にお家を建てた人たちしかいなくなる。

日光浴をしたり本を読んだりヨガしたり。自由な時をフィッツロイの眼前で過ごすことができるのだから何と贅沢なのだろう。

天候はこの時間が来ても快晴だった。なんと幸運なのか。

日帰り登山だとなかなかフィッツロイの姿が見えないと聞いていたので、何泊かしようかとまで思っていたが杞憂に終わった。

 

太陽はフィッツロイ目掛けて沈んでいく。

そろそろキャンプ場まで帰ったほうが良さそうだ。

ぞろぞろと帰り始める人たちに続く。名残惜しさを感じつつも、煙を吐くのを我慢してくれたフィッツロイに感謝しなければならない。

 

 

 

 

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テントから覗いたフィッツロイ

 

 

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ちょっと目を離した隙にすごい雲が沸き立っている。

 

 

 

 

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リオ・ブランコキャンプ場から夕日に染まるフィッツロイを眺める。

Patagoniaのロゴそのままの風景をテントから見られるのだ。

もちろん山好きしかいないので、人種や言語の壁を超えて山について語り合うことができる。

なんせパタゴニアでは21時頃まで明るいのだ。時間はたくさんある。

そんな一等地で食事をしたあと眠りにつく。

時折吹く強い風に震えながらも、パタゴニアの大地で眠ることができるのだから文句は言うまい。