アンナプルナBCトレッキング 1日目 分け入っても分け入ってもヒマラヤ
9月24日
ここはヒマラヤ。
言わずもがな、世界中の山野郎の聖地である。
といってももちろん8000mにアタックするわけではない。デスゾーンに行くには金も体力もなさすぎる。
我々が目指すはネパールはポカラから望むアンナプルナ。
アンナプルナはサンスクリット語で『豊穣の神』という意味を持つ8019mの巨大な山である。
世界で14座しかない8000m級の山の一つであり、世界で初めて人間によって制覇された8000mの壁でもある。
そしてアンナプルナのベースキャンプ(以後BC)までの「内院トレッキング」は、そんなヒマラヤ最深部まで一番近づけるトレッキングコースとして有名だ。
「内院=サンクチュアリ」という中二病くさい名前に心を打たれた僕は、内院トレッキングを決め込んだ。
そんな僕だが、ヒマラヤトレッキングは始めてではない。二年前にエベレストトレッキングを行っている。エベレストトレッキングは言うまでもないかの世界の頂きエベレストの目前まで歩いていける長大なトレッキングルート。最高到達点5500m、下痢に悩まされながら標準所要日数10日のところ7日半で登った。
しかしアンナプルナ内院トレッキングは最高でも4100m、所要日数は7~8日だ。いくらヒマラヤとはいえ、パタゴニアの大自然とスペインの780kmトレイルを突破してきた我々には正直大したことは無さそうだ。そう、高をくくっていた。そしてそういう時はだいたいひどい目にあうということを、毎度のこと我々は学習していないのだ。
24日、朝7時。
タクシーでバスターミナルまで行き、そこからNayapul行きの乗り合いバスに乗る。
「Nayapulまでは120ルピー、その先のSyauli Bajalまでは300ルピーだよ」
オヤジの甘言に乗せられそうになるも、やはりスタート地点は妥協してはなるまい。
ボロバスは唸りを上げながら、段々畑が続く緑の山を登っていく。
乗り合いバスなので、しょっちゅう止まっては人を乗せていく。3時間もかかってやっとNayapulに辿り着いた。
10時40分、久しぶりのトレッキング開始だ。
アンナプルナBCまではいくつかのルートがある。BirethantiやGhandrukより西の集落に寄り道するルート、川の向こう側のDhampusからのルート、川沿いを登っていく最短直登ルート。
我々は気分はラインホルト・メスナーであり、気分はアルパインスタイルであり、財布は8000mの空気のように薄いため、最短直登ルートを選んだ。日本の山と同様、高度が上がれば上がるほど物価も跳ね上がっていくからだ。標準所要日数は7~8日だが、天候に恵まれれば5日で下山できると踏んだ。
天気はどんより。でもトレッカーはけっこう多い。
アンナプルナのトレッキングは人気だ。なんせアクセスが良い。ポカラの町からタクシーやバスで行ける。エベレストトレッキングはルクラまで飛行機を使うのが一般的であるため、えらくカネがかかってしまう。
Nayapulから早速歩き始める。これからはこんな町の風景も見納めだ。
今回はスペインの巡礼で大いに反省したので、荷物を極限まで減らした。二人で10kgも無いはずだ。なので体が浮くように感じる。最初だけだけど。人間の適応はどっちに転んでも早い。
Birethantiまでは小さな集落をいくつか越えていく。
子どもたちが遊んでいる。誰もが顔は土埃で真っ黒、服はボロボロ。ネパールはアジア最貧国の一つで、観光業以外は農業くらいしか産業がない。国民の8割ほどは農業を生業にしている。世界から羨ましがられるヒマラヤは観光するには良いが、ここで暮らすには過酷な自然の脅威でしか無い。
ネパールはほとんど平地がない。どこも山だらけである。そんな土地なのでどこもかしこも棚田だらけ。棚田は美しいと皆言うが、本当はそんな生易しいものではない。僕は日本海側の寒村出身だが、棚田は土地が貧しいからこそ作られる苦肉の策であるということをよく知っている。ネパールの人々はそんな過酷の条件の中、未だにほとんど手作業で仕事をしている。
子どもたちは僕らを見るなり駆け寄ってくる。
「キャンディ、チョコレート、プリーズ!プリーズ!」
俺はGHQか?戦後の日本のような光景が広がる。鼻水垂らした子供がカバンやポケットに手を突っ込んでくる。美しい風景の中には、少し悲しい現実もあった。
BirethantiではTIMS許可証とアンナプルナ保護区入域証のチェックが有る。
どちらもポカラのACAP事務所で取得しておいた。顔写真とパスポートを持っていくだけで取れる。
しかし、各々2000ルピーもする。ひとり4000ルピー(4400円)だ。これはけっこう痛い。しかもネパールは空港で観光ビザ取得するのが普通なのだが、1ヶ月ビザで40USドルも取る。さすが観光で食っている国だ。
ガイドとポーター
先客の白人トレッカーはガイドに手続きを任せて、とっとと行ってしまった。
もちろん僕らにはガイドとポーター(荷物持ち)などいない。というか僕が嫁のポーターでもある。
ガイドがいなくて危なくはないか?と言われるかもしれないが、ほとんど心配ない。道中、たくさんの町があり、ゲストハウスやレストランが立ち並ぶ。道には絶えず住民やトレッカーの行き来があるし、道もちゃんと整備されているので迷うことは地図が読めれば起こりえない。前回のエベレストトレッキングでもソロで登ったが、全く心配はなかった。道中出会ったトレッカーも3割くらいはガイドなしだった。
ガイドを雇うメリットは、道を教えてくれることはもちろん、ペースをとってくれたり、宿の予約、ヒマラヤの自然や歴史などの解説を受けることができるというところだ。ひとり1日15USドル~というのが相場らしい。
なのでゆっくりヒマラヤの自然を楽しみながら歩きたいという人は、ガイドがいたほうが数倍楽しいトレッキングになるだろう。日本語ペラペラな人も多いので、コミュニケーションは心配いらない。
まるで日本の田舎のような田園風景が続く。
なつかしい匂いだ。セミまで鳴いている。空を見れば入道雲が光のシルエットで覆われている。
日本の夏のようだ。そうめんかスイカが食べたい。
川沿いを登っていく。
といってもただの河原ではなく、見事な峡谷だ。
これを辿っていけば、アンナプルナまで行ける。
生活のある道
トレッキングルートとはいえ、ここは山で暮らす人々の生活道路でもある。
車が入れるのはSyauli Bajarくらいまでで、そこから奥は馬や牛が未だに活躍しているのだ。
茅葺の家には、牛や馬や山羊や犬や鶏がいる。ひよこを追いかける子供、ナイフ片手に山羊を引っ張っていくおじさん、重い荷物を背負った馬を追い立てる若者。かつては日本もこんな風景であふれていたのだろう。
Kilyuから道が険しくなってきた。
石段を登るのは辛い。
雨もぱらついてきた。濡れた泥の道は牛や馬の糞と混ざってより一層歩きにくくさせる。
New Bridgeからこのあと僕らを苦しめる地獄のアップダウンが始まる。
峡谷を山にそって周って行くと急にガクンと100mほど下る。
歩き始めて5時間。ここからまさかの400mの急坂が始まる。
18時、坂を登りに登り1時間かかってやっと本日のお宿Jhinudanda(1780m)に辿り着いた。
Ghandrukを過ぎると町というよりゲストハウスの集まりのような集落しかなくなる。ここもゲストハウスが4,5軒あるだけだ。
ゲストハウス集落は1,2時間にひとつはあるので、そこを目安に予定を決めるのが鉄則だ。
宿代はダブルルームで300ルピー。ベッドがあるだけの簡素な部屋だ。
お待ちかねの晩飯だが、どれも下界の2倍以上する。山の上では物価が跳ね上がるのは前に述べた。大体の目安として、ミルクティーが70~90ルピー、コーラ500mlが200ルピー、野菜炒飯が300ルピー、ダルバート(ネパールカレー)が400~550ルピー、肉料理は500ルピー~となる。標高が上がれば上がるほど高くなる。
なので僕らのような貧乏人は朝と昼はクラッカーやオレオ、豆なんかで食いつなぐ。カトマンズの安い中華スーパーで買い占めていた。激しいカロリー消費の中での粗食。「欲しがりません下山するまでは!」は貧乏トレッカーの合言葉である。
オススメは絶対にダルバート。ネパールの国民食だ。米の周りに豆のカレースープと野菜カレー、あとは漬物といったシンプルな料理だが、その最大の魅力は『おかわり自由』というところ。
米とカレーがおかわりし放題。500ルピー前後で腹がはち切れんばかり(米が)食える。あの過酷なポーターたちもダルバートだけで生きているのだ。
Stand By Me • Ben E. King [HD] - YouTube
ここからはBGM付きで見てもらおう。
ヒマラヤトレッキングのベストシーズンは10月~12月。乾季に入るので天候もよく、山も綺麗に見える。
しかしその分、観光客は激増するので、ゲストハウスも満員になるらしい。
今は9月下旬。もう少しで乾季入りするのだが、日本の梅雨明け前のように雨季の最後の握りっ屁のような雨を降らせ続ける。おかげで道は泥んこだし、森の中は湿気であふれている。
ヒマラヤといってもアンナプルナまでの道は標高が低いので、ほとんど鬱葱とした木々の中を歩くことになる。日本の登山とあまり変わらない。日本のようにバカ暑くはないが、濃い緑が立ち込める山中は心地がよいとはいえない。
湿気に溢れた森の中は生き物たちの楽園でもある。虫やネズミや鳥が自然の中を謳歌している。
そんな中で、彼らはひっそりと獲物を狙っている。
そしてその獲物は遥々世界一周しながらやってきた日本人男性(28歳)であった。
ぎゃああああああ!!!!
ヒルだ!!!卒倒しそうになった。スタンド・バイ・ミーで見たのよりは小さいけども、ヒルが見事食らいついている。靴下の中でぬくぬくと僕の血液のプールの中に身を委ねていたようだ。
いるいると聞いてはいたが、まさか僕の靴下の中にいるとは思わなんだ。
ブルーベリーパイのゲロを吐きそうになるのをこらえて、ヒルちゃんをティッシュで除去。ヒルのお陰で血は一向に止まらない。嫁もふくらはぎをやられていた。いつ侵入したのかさっぱりわからない。
ものの本によると、木の葉っぱに張り付いて下を通過する人間の首筋に飛来するというミッション・インポッシブルなヒルちゃんもいるというからわかるはずもないか。
メタルギアソリッドで見たように、葉巻でジュッと殺してやりたいが、生憎僕はタバコが吸えないのだ。
ありがたくないサプライズのおかげでヒマラヤの大自然を感じながら眠りについた。
明日は晴れますように。あとヒルが寄り付きませんように・・・