中国山地の登山
登山を趣味とする者にとって憧れの地といえば、日本アルプスであることは言うまでもない。なんと言っても森林限界を超えた岩稜の連なりの圧倒的なスケールは、一度体感すると病みつきになってしまう。
3000m近くの稜線上を縦走し、テントや小屋に泊まりながら、雄大な自然にどっぷり浸りながら歩くことができる。
そんな日本アルプスは中部地方にある。というか名高い山々は、ほとんど東日本にある。
世に蔓延る「百名山」なる登山趣味家にとっての指標を見ても東日本だけで88山、2000m以上の山の西端は石川県の白山である。
何が言いたいか・・・それは西日本は森林限界以上を縦走する雄大な登山はできないということだ。
いやいや、名峰石槌山を擁する四国や、大火山連なる九州の山々があるではないか!と地元愛あふれる愛好家もいるであろう。
そのどちらも行ったことある僕ではあるが、たしかに九州の火山岩塊の中を歩きテント泊までできる九重なんかは素晴らしい。
じゃあ、何が言いたいか?
それは僕が住む中国地方の『登山趣味者、不毛の地』ぶりである。
中国山地データ
東西に長く、東はおよそ市川・円山川(いずれも兵庫県)付近から、西は響灘海岸(山口県西岸)までの約500kmに及ぶ。
氷ノ山(標高1,510m)を除くと高い山でも標高約1,300m~1,000m程度、その他はおおむね標高約500m~200m程度の比較的低い山で構成されている。
全般的に風化しやすい花崗岩が多く、侵食を受けて小起伏の多い準平原地形を呈している。
Wikipedia様にも書かれている通り、高くても1000m前後の山々が吐き気を催すくらい延々とウネウネしている。
「中国山地も良いところがある」「100名山だけが山ではない」という人もいるが、中国山地では登山者憧れのテント泊での大縦走は実質できない。
まず、テント場がない。中国山地は基本的に日帰り登山中心である。キャンプ場なら登山口周辺にある。だがそれはキャンプ場である。なので稜線上でテント泊や、何泊にも及ぶ大縦走はできない。
もちろん最近話題の闇テントはできないこともないが、僕はテント場以外のテント泊が法律的にグレーゾーンであるという認識である。
しかも、山小屋も殆ど無い。水場がないところのほうが圧倒的に多い。というか、登山道が死んでいる場合が多い。
あと熊さんがいっぱい。
ということで、中国人(中国地方人)はテント泊縦走をするには、近隣では九州か四国、あとは数少ない休みをやりくりして日本アルプスに向かうしか無い。
だが、中国地方人の交通インフラの悪さはこれまた日本トップクラスだ。
・・・とこんな運命を呪ったところで山には登れない。
では、まず『なぜ中国山地は低いのか?』を知らなければなるまい。
なぜ中国山地は低い山がウネウネしているのか?
頂上に立ってもこんな見晴らし。
悲しいけど、これが中国山地の登山なのだよ!
中国山地の大雑把な成り立ち
中国山地というか日本列島の地形の誕生は、かつて日本列島がユーラシア大陸の一部であった時代に遡る。
2000万年前にプレートの運動によって大陸の縁に亀裂が入り、日本海の原型が誕生。
その後、日本海が拡大し、現在の西日本と東日本が分かれた状態でこれまたプレートの運動で太平洋側へ引き剥がされ、1500万年前に現在の位置に達した。
その後、現在の丹沢や伊豆半島が南の島からやってきて衝突し、プレートの運動も手伝って隆起が起こり、現在の日本列島となった。
この西日本と東日本、そして伊豆半島はすべてプレートの運動によって運ばれた。
ユーラシアプレートに北米プレートとフィリピン海プレートが押される地点、フォッサマグナ(糸魚川・静岡構造線)の西側にある土地が押し上げられ、現在の日本アルプスができたわけだ。
これは大地の皺のようなものである。
世界の高い山脈もほとんどがこのプレート同士の衝突によるもので、かのヒマラヤ山脈はアフリカ近辺にあったインド大陸が長い旅を経てユーラシア大陸に衝突し、盛り上がったのがヒマラヤ山脈でありエベレストだ。その証拠にエベレストではアンモナイトの化石なんかも見れてしまう。欧州のアルプス山脈も同様の造山運動によって誕生した。
要するに、標高の高い山脈とはプレートとプレートの衝突によって誕生する。
え?じゃあ中国山地は?
中国山地はもともと大陸の縁にあった部分(付加体)で、前述のように大陸より引き剥がされ、何度か海中に沈降と隆起を繰り返して現在の位置に辿り着いた。※日本海のジオパークはこれである。
南海プレートなどからも遠いため、隆起スピードは遅く、なおかつ花崗岩が多い地質のため風化や河川などによる侵食スピードが早い。
ちなみに花崗岩が多いため上質な砂鉄が取れるので、山陰山陽地方は「たたら製鉄」で有名であった。
だが、僕は鉄は作らない。
古い地形=準平原
侵食スピードが早いだけならまだしも、中国山地は日本アルプスなどの地域に比べずっと古い。
準平原地形とは、簡単にいうと侵食されすぎて起伏の少ない平原のようになってしまった古い地形(4500万年前)である。
これは地形輪廻という説で、河川の侵食により地形が変化して行く過程をいう。
ちょうど人間の成長のように生まれたての原地形から、現在の日本アルプスのように切り立った谷や尖った尾根を持つ壮年期を経て、最終段階である準平原に行き着く。
実際は地殻変動の影響もあり、そんなに単純ではないが中国山地はがっつり準平原と指摘されている。ややこしいが隆起準平原でもあり、脊梁部から階段状の地形→1200m前後を頂点に、800m前後、400m前後というような起伏の少ないなだらかな山が延々と連なっている。
ちなみに火山はある
中国山地が誇る唯一の百名山である「大山」は火山である。
他にも富士山のような成層火山(円錐形の火山)の三瓶山(1,126 m)がある。
これはこれで素晴らしい山なのだが、標高の低い火山は『テント泊できない』のである。水場もないしね。
ということで、中国山地が低くてのっぺりしてていたたまれない理由は、
①大陸からベリッと剥がれて、流されて、現在地に辿り着いただけ
②プレートから離れており、隆起活動の低い地域
③古い地形のため、侵食されすぎて平原のようになってしまった
なのである。
日本アルプスの雄大な景観は、プレートの衝突により押し上げられ、氷河が作る芸術に飾られ、なおかつ脂の乗った壮年期というRIZAPみたいなコミット感のある意識高いし標高も高い系の山の持つ美しさである。
中国山地は結果にコミットできていないのか?
中国山地は日本アルプスに勝てないのか?
否、中国山地にも武器がある。
参考図書
日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)
- 作者: 山崎晴雄,久保純子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/01/18
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日本列島の成り立ちは、この本が一番わかり易い。
最近、ブラタモリのおかげなのかブルーバックスの地質学の本が立て続けに出ており、文系の僕でも非常にわかりやすくて良い。
他にも「山はどうしてできるのか」「図解・プレートテクトニクス入門 」がおすすめ。
自分の住んでいる地域や、好きな山のことが知りたいなら一読あれ。
中国山地登山の楽しみ方
そんな森林限界信者の僕であったが、いつの間にか中国山地を這い回る山男になっていた幼馴染と中国山地を散策することで、中国山地にしかない楽しみ方というのを学んだのである。
①ブナ林
登山者なら知っているだろうが、ブナ林はとにかく美しい。
新緑の季節は、淡い緑の光の中を歩くことができる。ブナ林は豊かで、豊富な果実や山菜や美しい沢があり、そこに集まる多様な生物(もちろん熊も)も含めた生態系を作り出している。
またブナ林は常緑樹林より明るく見通しが良いし、柔らかい腐葉土が天然のダム効果となり地面がフカフカしているので、まさしく登山向け林でもある。ちなみに管理されていない登山道は笹まみれになるので、雄大かつドMな笹漕ぎも楽しめる。
ブナの木は「橅」と書くように、近代まであまり使い途のない木であった。ブナは重く、腐りやすい性質で、杉などと違い曲がりやすく加工しづらい。
そんなブナだが、戦後の植林政策やパルプの材料などに利用され、その多くが姿を消してしまった。ついで花粉症が国民病になった原因もこれ。
そもそも日本人は縄文時代、ブナの森が作る生態系で繁栄していた。
前述したとおり、ブナ林は非常に自然豊かだ。木の実や山菜の採集・獣や魚の狩猟により、縄文人は生きていた。なので、縄文時代中期の温暖な縄文海進(現在より数m海面が高かった)の時代は、ブナ林の多かった東日本のほうが西日本より遥かに人口も多く縄文文化も発展していた。
その後、寒冷化や西日本での稲作文化の浸透により、東日本の縄文人は減少していったが、マタギのように近年まで人々はブナ林と共存してきた。
そんなブナの原生林が中国山地には残されている。
中国山地のブナは1000m前後の多雪地域にある。しかも日本海岸型気候帯に分布するブナークロモジ群集であり、斜面に広がるブナの巨木が織りなす原生林は他の地域でもあまり見れないんじゃないかと思う。
太平洋側のブナ林と違い、多雪地域である日本海側ブナ林は、ブナの大木が多く辺り一面ブナまみれな純林を作っている。雪に強いブナの木の勢力が強いためだ。そのため、白いブナ林と笹に覆われた林を形成している。
そんなブナ林の写真を撮ってきました。
参考図書
庭にブナを植えるくらいの相当なブナ・フェチ先生が書かれたブナ本。
ブナが作る生態系がわかりやすく書かれているので、今まで注目しなかったポイントも楽しめる登山ができます。
②静寂
ハイシーズンの土日であっても、そう混雑することはない。平日やピーク時間以外なら尚更である。日本アルプスに見られる数珠つなぎのカラフルな登山服の渋滞は、まず見ることはない。
もちろん人がいない分、登山道は分かりにくく、野生動物に出会う確率も高いのでリスクは有る。
西中国山地最高峰の恐羅漢山周辺は多様なルートが有り縦走も可能となっている。だが道が笹で覆われていたり、獣道になっていたり、水場が消えて無くなっていたりなどなど、日本アルプスにあるようなわかりやすいルートではなく難易度は高い。
やろうと思えば数十キロに及ぶ大縦走もできなくはないが、山小屋等での補給無し、水場に乏しく、テント場存在せず、という上級コースでもある。今度やってみようと現在計画中。
逆に言えば、本来の登山に近い体験ができる。標高が低く、近隣まで人家があるため、もしもの時も助かりやすくはあるが、急な沢筋もあるため油断は禁物。
兎にも角にも、静寂のブナ林を歩くのはこれ以上無い体験である。珍しい野鳥もいるので鳥の鳴き声やキツツキが木を突く音、ブナ林を駆け抜ける風音などなど、五感でも楽しめる。
③トレイルランニングに最適
恐羅漢山周辺はルートを選べばトレイルランニングには最適な地域でもある。
第3回ひろしま恐羅漢トレイル in 安芸太田 | 3rd Hiroshima Osorakan Trail
大会前には登山道の整備を行っており、走りやすいブナ林の登山道や、広い林道が多い。
僕はそんな体力がないのでまだ挑戦していないが、トレラン練習用の山として利用されている。
④もののけ姫の舞台のモデル
宮崎駿監督の「もののけ姫」の舞台は中国山地といわれている。
中国山地は花崗岩が多く、砂鉄がよく取れる。そのため、古代より「たたら製鉄」が盛んな地域であった。
たたら製鉄は、山を崩し、川で岩や砂を洗い砂鉄を集積する。そして大量の薪を使って火を起こし鉄を作る。この過程で、もののけ姫に見られた環境破壊を起こした。
大量の土砂の流出で出雲地域の平野が形成されたともあり、また近代までは森林伐採による「毛無山」がたくさん見られたという。
要するに、人間による環境破壊が古代より行われた地域でもある。映画における人間とモロ一族やイノシシたちの戦いは、製鉄のために自然を破壊する人間と自然を守るために立ち上がった獣たちの戦い、生存権を賭けた戦いである。
そこに人間であり獣に育てられたサンを主人公に据えるあたりが宮崎駿監督なのだ。
この写真なんか、モロが座ってそうにも見えない・・・かな?
さすがにシシ神の森のような古代林はないが、写真のような「男鹿和雄」っぽい風景が見られる。
帝釈峡や三段峡といった奇景や急峻な滝が多く、絶景穴場は数多い。非常にアクセスが悪い地域だが、写真好きにはたまらないロケーションが数多い。
そんな景色を撮ってきました。
まとめ「中国山地登山は楽しい」
百名山や標高の高さだけが山ではない。
かといって開き直ってお国自慢するのも山ではない。
山とは手が届きそうで遠いところにあるものであり、ピークを越えたらさらに高いピークがあってゲンナリするのも山なのである。
中国山地はたしかに槍ヶ岳のような魅力的な山はないが、ブナ林や野鳥や草花など、この地域でしか見られない景色がある。
ということで、今回はあまり情報がない中国山地の楽しみ方を書いてみました。
どこかおすすめありましたら教えてください。
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