ネパールのちょっと怖かった話~謎の日本人女~
※この話はノンフィクションである
17時30分。
夕日に照らされるカトマンズの見慣れた町の中を、ただただぶらぶらと歩いていた。
もう行きつけの喫茶店が二軒ばかしある。カトマンズとはそんなところだ。
今日の晩飯は台湾料理だった。腹も膨れたことだし、そのまま宿に帰ることにした。
宿は安宿がひしめくタメル地区にあった。
狭い扉を開け、薄暗いレセプションの前を通る。ネパールでは珍しいスーツを着ている女性スタッフが軽く会釈をした。その顔にはスーツが少しぎこちなく見えるくらい、あどけなさが残っていた。
一〇二号室の少し立て付けの悪いドアを開けて、薄暗い部屋の中に入る。
土埃が舞い、クラクションが鳴り響くタメル地区の散歩は、距離が短い割には疲れる。ベッドに寝っ転がり、本の続きでも読もうかと思った時だった。
ドンドンドン!
激しくドアが叩かれる。
「宿代払えってか?」
さっきのレセプションの女性かもしれない。そういえば明日チェックアウトなのに、まだ宿代を払っていなかった。
鍵を開けて扉を開く。
すると白い大きな目玉が二つ、ギョロッと僕を見上げている。薄暗い廊下では、目だけが白く光って見えた。僕は思わず仰け反った。
「ににに、日本人ですか?」
聞き慣れた日本語だ。ドアの隙間から僕を伺うように、小さい女性がぽつんと立っていた。
「え?あ、はい。日本人ですけど・・・」
「どこから来たんですか?」
「ええと、関西の方ですけど」
小さい日本人の女は、わざとらしく頷いた。
「あのぅ。こ、ここの、宿代っていくらですか?」
なぜ俺に聞く?というかここに来るまでにレセプションの前を通ったはずだが。
「ダブルで9USドルですけど」
「あ、ありがとうございます」
そう言って女はドアを閉めた。
「何、今の?」
嫁と二人で顔を見合わせる。
ネパールの安宿でいきなり現れた日本人。どこか挙動不審で、何故か宿代を聞いただけで立ち去った。一切まばたきをしない白い目が、とても不気味だった。
「なんだろう?レセプションで聞けばいいのに。ここに泊まってる感じじゃなかったけど」
「私達のあとを付けてきたんじゃない?」
ドンドンドン!!
思わず飛び跳ねた。
激しくドアを叩く音が緊張した空気を引き裂いた。
「あのぅ。日本人の方ですよね?ちょっといいですか?」
さっきの女の声だ。
かなりオカルトな展開だが、僕は好奇心に屈した。
僕は鍵を開けた。
ガチャガチャガチャ!!
女は鍵が開いたと見るや、ドアノブをめちゃくちゃに回し始めた。
僕は咄嗟に右足をドアに掛け、少しだけ扉を開いた。
すると先程の白い目玉が二つ、同じように僕を見上げていた。
ネパールの民族衣装姿で、腕にいろんなアクセサリーをつけたその小さい女は、相変わらずまばたきを一切しなかった。
「あのぅ。に、日本人に会ったら、これ渡してるんですよぅ」
女は小さな紙切れを差し出した。
そこには「乳酸菌で健康生活!」と書かれており、後ろにホームページのURLが連ねてあった。
「あのぅ。乳酸菌ってすごく体にいいんですよ」
「はぁ」
「すごい健康になれますし。良かったらここに書いてあるサイトを見てください」
「はぁ」
「あと・・・」
女はそのあと、衝撃的な一言を言い放った!
「放射能にも効果があるってことが書いてあるんです」
「え?」
女はそう言い放つと「いきなりお邪魔してすみませんでした」とだけ残してそそくさと暗い廊下の先へ消えていった。
僕たちはなんとも言えない恐怖に襲われた。この恐怖を例えるなら「湯船に飛び込んだらお湯ではなく全部スライムだった」という感じだろうか。
二分ほどの静寂のあと、嫁が止めておけというのを無視してそのサイトにアクセスした。
やけに古臭いデザインのホームページに辿り着いた。
目がチカチカするトップページから、いきなり乳酸菌について熱く語っていた。
サイドバーには健康食品などのアフィリエイトがズラッと並ぶ。
思っていたのと違いやたらフランクな文章だったが、あり得ないほど読みづらい。
スクロールしても延々と乳酸菌の素晴らしい効用が書き綴ってある。
「なんだ。なんかの健康オタク的なやつかな?」
そう思っていると、そこから摩訶不思議な世界が、一切乳酸菌と関係のない世界が広がっていく!
東京電力!
安部首相!!
北朝鮮!!!
僕はゆっくりとパソコンを閉じた。