実録!仁義なき戦い~インド死闘編~

9月8日

f:id:tetsujin96:20140915201700j:plain

インド。それは果てしなく広い国。そしてそこは仁義なき戦いの無限地獄。
インドで騙されたという話はもはやバックパッカーの共通体験である。
インドこそもっとも注意しなければならない国の一つであり、もっとも映画「仁義なき戦い」ばりのどつきあいをする国でもある。
「おどりゃー!なにさらすんじゃああ!!」
は、もはや日本の「こんにちわ」と同義なのだ。


インドにいれば眉間に原哲夫がペン入れしたくらいの深いシワが刻まれ、そして対矢吹戦のホセ・メンドーサばりに消耗していく。
そんな仁義なきインドにまつわるエトセトラを我が身でしかと体験したので、それを世に刻んでおこう。

 


仁義なきインド・バス

アーグラという町はタージマハルくらいしかないので、実はかなり暇な町でもある。
タージマハルを見た僕達(僕ら夫婦と台灣夫婦)は次の地へ向かう手続きをすることに。
インドの移動は何かと面倒だ。常にアテはなく、常に騙され、常に行動を強いる。
僕らは北インドにあるヨガの聖地リシケーシュに向かいたかった。そこは何でも外人ばかりでとても静からしい。3週間でインドにかなりやられていた体を休めるには最高の地なのだ。
しかし、リシケーシュまではかなり面倒だった。
電車でデリーに行きそこで乗継ぎ、ハリドワールまで向かい、そこから乗り合いリキシャでリシケーシュ。全部で8時間くらいだ。


チケットは毎度のごとく駅で直接買うか、ツアーショップで買うか。アーグラは駅まで遠いので、ここはツアーショップに向かった。
ツアーショップに行くと早速「電車はフルだよ」

 

予約時点で満員?

インド人のいうフルは100%嘘なので、次の店に向かおうとすると、
「リシケーシュまでは直通の夜行バスが有るよ!」
直通?悪名高いデリーの駅で乗継しなくて済むではないか。しかもスリーピングバスだという。値段は700ルピー。電車を予約席で行くのと対して変わらない。
しかし怪しいのでもうひとつの店に向かう。

 

するとここでも全く同じで「電車はフル」で「直通夜行バス」が便利だという。
なんか町ぐるみでバスに乗せたいようだ。ここでは650ルピー。お兄さんは親切そうだったので、乗り継ぎも面倒だしバスチケットを買うことに。
そう、ここで仁義なき戦いの火蓋が落とされた。

 

 

夜行バスなので暇なアーグラにもう一泊することに。でも夜行バスなら結局は到着する時刻は大して変わらない。その日は4人でだらだら過ごした。台灣夫婦の奥さんが体調を崩していたので調度良い休憩にもなった。
夜行バスは23時半出発。宿に半額で22時まで泊めてもらえた。そして22時にリキシャでバスオフィスまで向かった。
ツアーショップのお兄さん曰く、バスオフィスでチケットを見せてチェックしてもらったあと、そこで待っておけば良いとの事だった。お兄さんはリキシャの運転手にわかるようにヒンディー語で行き先を書いてくれたので、スムーズにバスオフィスまで行けた。


ん?これがオフィス?
なんかクソぼろい倉庫みたいなところだ。
目の前で座っていた歯が無さすぎて何を言っているかさっぱりな爺さんが呻いている。
奥から若いお姉さんがやってきた。
「リシケーシュ行きのバスはここですか?」
「はいそうです。チケットを見せてください」
チケットを受け取ると彼女はパソコンで何か確認して言った。
「バスは0時に来ますので、待合室でお待ちください」
0時?なんか増えてるけど。
歯が無さすぎる爺さんは実は従業員らしく、待合室に僕らを案内した。といっても倉庫に汚い椅子と机が置いてあるだけで、そこを裸電球がオレンジ色に照らしていた。

 

とにかく待った。
倉庫なので扉はなく、表は全開。
外は夜のインド。道行く人は倉庫に収まっている4人のアジア人に好奇の目を向ける。
しまいには酔っ払ったオヤジが乗り込んできたりと、何とも不気味な待ち時間だった。

 

0時。まだ来ない。
さっきのお姉さんにもう一度伺う。
「WAIT!」
インドではMONEYの次に多く聞く単語だ。
「WAIT、WAIT、WAIT・・・」

0時40分、表でお姉さんと歯が無さすぎる爺さんが電話で何やら激しくやりあっている。そしてやたらこちらをチラチラ見てくる。
嫌な予感がする。インドの嫌な予感というのは残念ながら高確率で当たるものだった。

 

「今日はバス来ないわ。明日また来てちょうだい」

 

親愛なる読者の皆様ならばここで僕がブチ切れたものと推測されるでしょう。
しかしそれは大きな間違いなのです。ここはインドなのです。僕はチケットを買った時点で気持ちの30%くらいは「バスは来ない」が占めていたのです。だからその時は辛うじて冷静であったのです。

 

「なぜですか?」
「今日はとにかくバスは来ないの」
「理由をちゃんと説明してないじゃないか」
「じゃあ、あなた電話してみてよ!」
ここですべての謎が解けた。じっちゃんの名を借りるわけでもなく、赤の他人に麻酔針をブチ込むわけもなく、僕は謎が解けたのだ。
これは計画的犯行なのだ。
※ここからは被害妄想甚だしい推測が始まります。

 

 

彼女は僕に受話器を向けた。
奥には親会社かバスの運転手でもいるのだろう。
否、それは嘘だ。

僕は旅に出る前にあらゆる「日本人が海外で巻き込まれる危険な話」的な本を読み倒した。ネットでも被害者たちのブログをたくさん読んだ。僕は小心者なのだ。石橋を叩いて叩いてぶち壊すほどの小心者なのだ。

 

これは「グル電話作戦」に違いない。
グル電話作戦とは、客引きやツアーショップなどで使われる詐欺だ。しかもインドで多い。
まずデリーの駅に辿り着いた日本人がいたとしよう。長旅の疲れと右も左も分からないデリー。リキシャに乗り込む。初日の宿は決めておいた。行き先を告げる。リキシャは進む。
リキシャはツアーショップに止まる。そのまま引き込まれる。

ツアーショップのオヤジは「今日はフィスティバルだから宿はどこもフル(満室)だ」とか「君の行くホテルの近くでテロ(ストライキ)があったので危険だ」などという。日本人は予約を取ったという。じゃあ電話してみろと携帯電話を渡される。日本人は電話する。

「ソーリー、今日はフルです」
オヤジは「だから言ったじゃないの」という顔をする。他のホテルにもかける。「フル」「フル」「フル」・・・
憔悴しきったところで「僕の知り合いのホテルは空いている」とオヤジは言う。値段は安宿の10倍以上もする。日本人は疲れ果ててそこへ連れて行かれる。
もちろん電話の奥は二階のオフィスにつながっていて、声色を変えた従業員が「フルフル」しゃべっていたのは言うまでもない。

 

僕が思うにこれは「客が少なくて採算がとれないから、バス自体をキャンセルした」ということだ。
リシケーシュへ行くのは外国人観光客が多いから、オフシーズンの今、客が思ったより少なかったのだろう。
だから目の前で喧嘩するような演技をして見せ、疑うなら電話をしてみろと言いたいのだろう。


「もういいよ。じゃあチケットの返金と今日のここまで来る往復の移動費と宿泊代払ってよ」
台灣の彼が言った。
「チケットは明日ツアーショップで返してもらって。あとその他は私は関係ないわ
「・・・だろうなと思ったけどちょっと待たんかい!せめてリキシャ代だけでも払わんかい!」
時刻は漆黒の1時。


「知らないわよ」
女はテコでも嵐のコンサートチケットで釣っても動かなそうだ。
「やい!爺さん!あんたも少しは・・・」


寝とる。爺さん、寝とる。さっきまで電話でわめいていた爺さんが、完全に熟睡モードだ。
「あんたらは信用できん。チケット返金するよう一筆書いてくれ!」
女は爺さんを起こし、なにやら書かせ始めた。

台灣の彼が言う。
「ここはインドだよ。仕方ないよ」
彼らはすでにデリー到着時に酷い目にあっていた。宿をたらい回しにされ、偽の政府公認ツアーショップに連れ込まれそうになり、ニセ警官とグルのリキシャに高級ホテルに泊まらされそうになり、デリー駅で外人用窓口は閉鎖したと嘘をつかれて通せんぼされてたりしていた。これはすべてデリー2日間の出来事だ。
「さすがのインドクオリティ・・・」
僕がそうつぶやくと女は言った。
「それどういう意味?インドは素晴らしいところよ!」

「てめえが言うな!!!」

 

インドは素晴らしいところだ。それはたしかだ。しかしその素晴らしいところを旅するには、素晴らしい忍耐力を必要とする。
僕らは宿に向かった。女は最後に言った。
「明日は絶対バスは来るわ。そしてインドは素晴らしいところよ」

 

宿を無理やり開けてもらってそのまま倒れこんだ。疲れた。非常に疲れた。
そしてここからがさらに仁義なき戦いの頂上作戦だった。


次の日。朝早く起きてチケットの返金へ向かう。
ツアーショップのお兄さんは事情を聞くと怒ってあのオフィスへ電話したが、梨の礫のようだった。お金はちゃんと返ってきた。
すぐに朝食。もう僕らは誰も信じられなくなっていたので、ツアーショップには行かず、直接駅に向かうことにした。この決断こそ最大の過ちであるのはわかってはいたのだが・・・

 

「あれ?昨日、リシケーシュ行くって言ってなかったっけ?」
レストランのオヤジは僕らを見るなりそういった。この店は昨晩訪れていた。
事情を説明すると、
「それはプライベートバスだから、キャンセルされたんだよ。ガバメンツのバスにすればよかったのに」
もはや国営バスこそ信用出来ない。
「インドクオリティだよ。仕方がない」
僕らがそういうと親父は言った。
「そんなことはない。インドは素晴らしいところだよ」

 

 

 

仁義なきインド鉄道

駅へ向かう。リキシャオヤジが湧いてくる。我々は疲労困憊だし寝ていない。
値段を聞くともちろんボッタクリ。来るとき60ルピーだったのが200ルピーだ。
4人位に囲まれても無視していたら、オヤジ同士でケンカを始めたのでその辺にいた兄ちゃんのリキシャに乗る。
オヤジ達を振り切り駅に向かう。4人で100ルピーだという話だったが、いきなり兄ちゃんはキレ始める。
「違う!俺はフォート駅までときいたぞ!カント駅だったらもっと金を出せよ!」
アーグラは駅が2つある。どうやらケンカしていたオヤジが去り際に彼に嘘を教えたようだ。
「俺は出る前に、彼からフォート駅って聞いたんだ!!」


もう面倒くさいので20ルピー渡してリキシャを飛び降り、違うリキシャに乗り換える。するとさっきの兄ちゃんは血相変えて怒鳴りこんでくる。
「お前らは嘘つきだ!逃げるな!カント駅まで俺のリキシャに乗っていけ!」
僕らが乗り込んだリキシャのオヤジと喧嘩し始める。
ああ、このまま貝になりたい。

 


10時に駅に着く。そのままチケット窓口へ。
押し合いへし合い抜かされ合い何とか窓口戦争を征す。
デリー行きの直近のチケットを頼むと、予約席はないと言われる。
僕らは時刻表を調べていた。デリー駅16時発のハリドワール行きに乗れば今日中にリシケーシュに辿り着ける。
仕方がない。2等で行こう。


電車がやってくる。2等車はすでに人がはみ出しているではないか。乗り込もうにも、その肉塊の中に次々と突入していくインド人の波を見て僕らはたじろんだ。
僕らは結局、予約寝台列車の通路に立ち乗りすることに。乗車率200%。荷物置きにまで人がいる。冷房もない車内は形容し難い暑さだ。しかも完全なる一つの生命の如く密着し合った中で、紛争が勃発している。
揺れが激しく、僕がよろめくと後ろの若い女の子にぶつかる。すると見事なエルボーが返ってくる。そんな中でも通路に座る隣の家族。ひっきりなしにトイレに向かうインド人。その度に新たな火種を巻いていく。
そんな阿鼻叫喚地獄の中で3時間、ひたすら耐えた。
この苦しみから救われるには死しかない。残りの1時間はそんなことくらいしか頭に浮かぶものがなかった。

 

この3時間で我々は完全なる消耗を遂げた。
特に僕は謎の発熱と止まらない咳、割れんばかりの頭痛に襲われていた。
ついにやってしまった。
インドで一番やってはいけないのは「過労」である。
食べ物から空気までがお世辞にもきれいといえないインドでは、抵抗力が常にMAX状態でなければやわな日本人では対処できない。それを妨げるのが過労だ。無茶な連続移動などで一度極限まで疲労してしまうと、昨日まで大丈夫であったことが突如下痢や嘔吐や発熱の引き金になる。
幸い腹の方は大丈夫であった。インドの公衆便所で用をたすくらいなら死んだ方がマシだ。

 

しかし良くないことは続くもので、ニューデリー駅の2つ前の駅で電車は止まってしまった。
うつろいゆく意識の中、何とかニューデリー駅に辿り着き、外国人用の窓口へ向かう。ここは地球の歩き方にも載っているが、インドでもトップクラスの悪辣な詐欺師が集まる魔窟となっている。
外国人用の窓口はホーム入り口左手の階段を登っていくのだが、その前には幾重もの詐欺師の垣根を飛び越えていかねばならない。


「ニホンジ~ン!そっちは窓口違うよ!こっちだよ!」
「今日は電車はフル、オールクローズだよ。バスに乗っていかないかい?」
「電車はとても高いよ。僕のツアーならとても安いよ。ツアーどうだい?」

ここでは五感すら閉じねばならない。耳、目、意識、少しでも反応すれば彼らの餌食になりかねない。
無我。ただただ外国人用窓口まで歩く。

 


外国人用窓口はエアコンの恩恵に預かり、もはや異国の体を成していた。
やっと一息つく。そう一息だけ。
「16時のハリドワール行きのチケットお願いします」
「16時?遅いよ」
「え?まだ14時半じゃないですか!」
「外国人用窓口の予約はね。4時間前に締め切っちゃうの」
やはり予約しておいたほうが良かったのか・・・
誰も信じられないので行き当たりばったり大移動を試みたが、こちらもそううまくは行かなかった。ああ、ここはインドだったのだ!僕はインパール作戦から何も学んでいない。


頭が割れそうなくらいの頭痛を抱えながら、ダメ元でインド人窓口へ向かう。
ここでも喧嘩と割り込みは当たり前。前のインド人にくっついて並ぶ。
ここでは窓口で客と切符売りが喧嘩している。そんなのいいから早く売ってくれ。
と、ぼやっと眺めていたら小さな窓口からいきなり飛び出したのは『拳』
切符売りオヤジの正拳だった。拳は客の腕を吹っ飛ばす。もう客とかそんなの関係ないようだ。
せっかく並んだがやはり16時発便の予約席はなかった。

結局、外国人用窓口で22時発ハリドワール行き夜行列車に乗ることに。もう疲れた。
しかしこの便、オールドデリー駅発。また移動だ。


悪名しかないニューデリー駅周辺のリキシャは使いたくなかったので、電車で向かうことに。
ということはまたあの窓口に並ぶ。
今度は万全の構えで望む。4人でバックパックを背負い、1㎜も隙無くレーンを封じる。これでさすがに割り込みは不可能だ。
先ほどの窓口ではまた窓口から拳が飛び出している。客も金を投げ入れる。
僕達の番になると窓口のおっさんは急にニンマリ笑みになりこう言った。
「やあ君たちはインド人じゃないね。僕はインド人が大嫌いなんだ」
そう言っておっさんは僕らに一人ずつ握手をした。先程は固い拳が突き出ていた窓口から。
後ろでは怒号が飛ぶが、おっさんは気にしない。
あなたもインド人ではないですか・・・とは誰もツッコまなかった。

 

 

ホームに向かって電車を待っている時にはもう鼻水やら咳やらで気を失いそうだった。
かなりの疲労だった。まだ半分も目的地まで近づいていないのに。
薬を飲んでもぼーっとしたままだ。
何とかオールドデリー駅に辿り着いたが、もはや何もする気が起きない。ここであと4時間も待たなければならない。
そう思った矢先、インドは最後の最後にサプライズを残してくれる。だからインドはやめられない。
マクドナルドだ。たかがマクドナルド、されどここはインド。インドのマクドナルドは超高級店。エアコンはガンガン、金持ちしかいないから静かで治安も良し、そして衛生上の心配なく何でも食べられる。
そう、インドで数少ない安心できるスポットなのだ。


我々は久しぶりの安心という感覚の中で過ごした。お陰で薬も効いてきてひとまずは体調も戻った。夜行列車に不完全な状態で乗るのが怖かったので、本当に助かった。
調子に乗ってデザートにソフトクリームを食べようという話になった。ソフトクリームのようなデリケートなものはそこら辺にはもちろん売っていない。
「ソフトクリームください」
「あ、すいません。今、機械が壊れてまして」
さすがインド。

 

 

夜行列車は相変わらずごちゃごちゃしている。僕は疲労困憊だったので、すぐ一番上のベッド席で寝転がった。チェーンでしっかりバックパックを固定して。
エアコン席が2席だけとれたので、嫁さんグループがそっちに行った。僕らはただの寝台である。でも横になれるだけありがたい。午前のあの3時間を思い出すだけで吐きそうだ。
長い長い列車は15分遅れで動き出した。ゆっくりと面倒くさそうに走りだす列車は大きく揺れながら、真っ暗なインドの広大な大地を進んでいく。もう夜だからか物売りも少ない。チャイ屋の兄ちゃんの声も、心なしかいつもより小さく聞こえる。
列車は一定のリズムで激しく揺れる。それはだんだん当たり前になっていき、そして眠りがやって来る。

 

 

でもこれだけは最後に言っておこう。


「インドは素晴らしいところです」