ビール狂の詩~チェコのビール聖地巡礼~

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麗しきビール

はるかメソポタミアより愛されるビールは、人類の文化と科学技術の発展と共にその形態を変えていった。ただ麦を水に混ぜて飲んでいたあの頃から、気づけば今のようなキンキンに冷えた金の泡にまみれた美しい姿に変わったのだった。

今日あるビールは、歴史の生き字引きでもある。

まさにビールは人類とともにあるのだ。

 

そんなビールを愛してやまないビール狂である我々が、ここチェコに来たのが聖地巡礼であるということは言うまでもない。

数多い世界遺産と美しい街を誇るチェコの人々には申し訳ないが、我々は胸を張って言えるのだ。

「ちわーす!ビール飲みきました!」

居酒屋に入るようなテンションで入国した我々は、さっそく近場の居酒屋に駆け込んだのは前回の記事でも述べた。

 

これから向かうは、2つのビール狂聖地である。

ひとつはプラハ市内にある名店ウ・ズラテーホ・ティグラ」、ふたつめはピルスナー発祥の地プルゼニである。

これはキリスト教徒におけるエルサレムであり、ユダヤ教徒における嘆きの壁であり、イスラム教徒におけるメッカであり、高校球児における甲子園であり、北の国からファンの富良野と同意である。

ビール狂は、空きっ腹を抱えて聖地へ向かった。

 

 

ウ・ズラテーホ・ティグラ

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ついに来たウ・ズラテーホ・ティグラ

「黄金の虎」という厳しい名がついたこの店こそ、プラハ一美味いビールを飲ませる伝統ある店なのだ。

かつてビル・クリントンチェコを訪問した際も来店したという超有名店。

15時からオープンするが夜は常連客の予約で常に一杯のため、観光客は開店と同時に狙うべしという情報を得ていた。

そのために朝食以後、飲まず食わずでプラハ城観光をしていた我々は、もはや昼過ぎくらいからビールのことしか考えられない完全なるビール狂と化していた。

 

15時、やはりこういう店は少し緊張する。

超有名店なのに常連で埋め尽くされる辺りが、何か敷居を高く感じさせられる。

観光客に冷たいのかとか、変わった決まり事でもあるのかとか、まるで京都の料亭でも行くかのごとく色々勘ぐってしまう。ビール狂といえども、小心者には変わりはない。

なのでこういう店は少し遅れて入るのが吉である。

15時前に5人くらい並ぶのを待って、その後にひっそりとつける。我々の前には、全身刺青とピアスだらけのパンクなおじさんがたばこをふかしていた。

ワクワクしてきたぜ!辛うじて武者震いといえる小刻みな震えを感じながら、しばし待つ。

 

15時、入店。

黒ずんだ光沢を放つ柱やドアから、すでにここが伝統ある店だというのがわかる。

店に入るとすぐにでっぷりしたオヤジが待ち受ける。先程のパンクなおじさんとハイタッチしている。他の常連客たちもハイタッチやら抱擁を交わしている。いきなりのアウェー感。

否、彼らは同じビール狂のはずだ。平日の昼間っからこんなところにいるのだから。ビール狂は皆兄弟だ。ビール狂に痛風はあっても国境はない。

アウェー感を消し去り、テーブルを見ると「Reserve」の紙が置いてある。

しかも『全席』

 

なんちゅうアウェー感。座るとこがないじゃありませんか。

常連客たちは勝手に座り始める。オープン同時に全席予約済みだというのか?

あたふたしているとでっぷりしたオヤジが来て言った。

「テキトーに座りな」

なんてテキトーな・・・

おそらく夜の予約なのだろう。時間とか書いてくれたら嬉しいのですが・・・

 

 

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やっと座ってしばしホッとしていたのもつかの間。

ドスン!と500mlなみなみ入ったでっかいジョッキが置かれた。

え?あの・・まだ注文しとりませんが・・・

でっぷりしたオヤジは紙切れに2杯分の線をピッピッと引くと、そのまま次のテーブルへ。そういうシステムなのね。

 

まあ兎にも角にもついに最強のビールとご対面だ。

ここはピルスナーウルクェルというビールしかない。しかし、それを伝統の技術で最高の状態で飲ましてくれるのだ。

緊張の一口。

 

その瞬間、今まで飲んできたビールたちが一瞬で泡となって消えた。

俺のビール人生は何だったのか・・・

さっぱりした飲み口、絶妙な温度、コクのある苦味、鋭いキレののどごし、そして飲み終えたあとに引潮のごとく押し寄せる芳醇な香りと上品な麦の甘み。

これがビールなのか!!!

 

特に飲み終えたあと最初に吐く息とともに押し寄せる香りと甘みが凄い。つばが一気に噴き出してくる。麦とホップの持つ力を最大限引き出している。

やるじゃねえか!オヤジ!!とサーバーにいるオヤジを見ると・・・

 

 

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めっちゃ渋い。

なんか渋みが体から噴き出している。

そして年季の入った革のエプロン。最早、職人といえる。

店には3人のオヤジがいるが、皆そろって渋く、そして樽のようなビール腹。

 

 

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常連客たちは仲間たちと乾杯し、店員のオヤジ達と世間話をしたり、勝手につまみを持ってきていたり、それを店員のオヤジが勝手に食ったりとここはまさにオヤジ達の聖地だった。

そんなオヤジ臭くそして美しい風景を見ながら、一口一口を大切に味わいながら肝臓に叩きこむ。これほど贅沢なことがあるだろうか?

気づけば、500mlのビールは消えていた。「なんもいえねー」時間だった。チェコ、なんて素晴らしいところなんだ。ここは・・・

 

 

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ドン!!

えっ?あのまだ追加頼んでないですけど・・・

まさかのわんこそばならぬ『わんこビール』

これだからチェコは世界一ビールを飲む国なのだ。そうこなくっちゃ!

こうして至極の時間は続いたのであった。

 

 

 

ピルスナー発祥の地「プルゼニ

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明くる日、我々はプラハ駅にいた。

昨日の余韻がまだ続いている。味を思い出しただけでよだれが垂れてくる。本当にそれくらい濃厚な味だったのだ。

 

 

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チェコ語がさっぱりだが、インフォーメーションで色々聞いて何とか切符を手に入れる。行き先はプルゼニ

プラハから西に1時間半ほどのこの町は、ピルスナービール発祥の地なのである。

ピルスナービールとは、ただいま世界中で飲まれている黄金色のビールでラガービールに属する。日本で飲まれているビールも、ほとんどがこの種なのだ。

ここプルゼニピルスナー発祥の地であり、世界的に有名なピルスナーウルクェルの生産拠点でもある。

要するに近代ビールの生まれた場所=聖地なのだ。

 

 

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ワクワクしながら電車に乗り込む。

切符のチェコ語の羅列を見てもさっぱりだが、なんとか自分の座れる席に腰を下ろし、ミニスカ車掌さんを眺める。

 

 

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一時間半、聖地に立つ。

わざわざビール飲みに来るためだけに我々は何をしているのだろう?

・・・なんてことは考えない。

 

 

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駅から歩いてすぐの歩道橋を渡る。

プルゼニの街自体も立派な観光地ではあるが素通り。今の我々にはたとえ目の前にマチュピチュがあろうと、ネッシーに乗った雪男がいようと素通りするだろう。

 

 

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ピルスナーウルクェル酵蔵所の聖なる門。

ここが聖地の入り口である。

ここはピルスナーウルクェルの工場があり、併設されたレストランと博物館がある。

もちろん狙いはレストランだ。ここではできたてほやほやのピルスナーウルクェルが飲めるという。

ビールは生物だ。鮮度こそすべて。昨日のウ・ズラテーホ・ティグラは熟練の職人技で飲ませるビールだったが、今日は採れたてピチピチビールをいただこうという算段。まさに外道

 

 

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目の前の工場で作られたビールが、右手のレストランに運ばれる。

 

 

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レストランに入る。

地下にあるレストランはすでにたくさんのビール狂たちで賑わっている。

昨日のような独特のオーラはなく、意外にファミレスみたいな感じだ。

メニューをもらいさっそくピルスナーウルクェル500mlを注文。

 

 

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来た!

乾杯?そんなもんしねえ。鮮度を味わいに来たのだ。

置かれてすぐに飲む。生まれたてのビールが五臓六腑に注ぎ込まれる。

・・・うまい。

泣けてくるほど美味い。

昨日の味に近いが僅かにライト。コク、キレ、旨味は言うまでもなく一級品。

そしてあの香りと甘みの「引潮」が凄い。

とてつもない上品な麦とホップの香りと甘みが押し寄せ、そしてその持続力が長い。最早ビールというか工芸品に近い。完璧過ぎるその味に涙とつばが止まらない。

ビールとはこんなに奥深きものだったのか。

 

 

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続いて黒ビール

こちらはまた絶妙で、あの独特の匂いと甘みが鬱陶しくなく、かつ濃厚な味わい。

これなら黒ビールが苦手な人でも美味しく飲めるだろう。

ああ、この工場の隣に住みたい。

 

 

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チェコ料理も食べることができる。

普段は流しこむように飲むビールも、今日は一口一口隅々まで味わって飲むのでなぜか優雅な気分で食事ができた。

 

 

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結局1L飲み干したあとに、外で少し休憩して、最後の500mlを飲みに行った。

いくらでも飲めそうだった。そしてこれだけ飲んでも悪酔いはしない。

そしてこの2大聖地のビールは、500mlで200円いかないというそこら辺の居酒屋と同じ値段なのだ。1杯1500円でも飲むぞ俺わ!チェコに感謝。

 

ビール狂聖地をはしごするという何とも贅沢なひとときを過ごした我々は、天にも昇る心地よさと大いなる満足感を感じながら帰途につく。

 

 

そしてビール狂でよかったと心の底から思うのであった。