世界一周から帰った僕が今年買って良かったモノ~物欲鎮魂祭~
今週のお題「今年買って良かったモノ」
しかも僕は世界一周から帰っての1年だった。
旅行中に芽生えた物欲、社会復帰してからの物欲、そして社会復帰から生まれる無限のストレスを発散するための物欲・・・
一年間遊び呆けていたわけだから、日本という自殺大国への社会復帰はそれはそれは辛いものであった。
まあ仕方ないけど。
でも日本人だからこそ欲しいものもたくさん選べて買えるわけで、でもそれって日本人だからこそ持ってないと困るものもあるわけで、でも日本人だからこそ抱えるストレスのはけ口だったりして、でも日本人だからこそ大量消費社会のど真ん中にいるわけで・・・
兎にも角にも、僕は今年こそ人生最強の物欲狂いだったわけだ。
まさに狂騒の20年代のアメリカばりの欲!欲!欲!
でももちろん景気はよろしくないので、そこがまた苦しいところでもある。
そんな僕が今年買って良かったモノを鎮魂するためにここに述べてみよう!
Marantz PM6005
それは今年の五月だった。
働き始めて1ヶ月で早々に気が狂いそうだった社会の敵である僕は、なぜか一番近づいてはいけない領域にホップ・ステップ・ジャンプで着地した。
そう、オーディオ沼である。
なんでも名誉ある結婚してはいけない男性の趣味ランキングに見事ランクインしているというオーディオの世界。
車、カメラ、オーディオは物欲散財沼の御三家であり、女性にはわからない究極の男の世界でもある。
ケーブル1m10万円とか、スピーカーの下に敷く板が10万円とか、機器を置くだけのラックが10万円とか。
その先にあるものはフルトヴェングラーの息遣いでも、ビル・エヴァンスの指のしなる音でもない。そこにあるのは無限の散財である。
だから絶対手を出すまいと肝に銘じていたのに、先にその肝がとろけ始めた。う~ん労働ばんざい!
事の発端は我が家の倉庫という名の物品待避所で父親が使っていた古びたビクターのスピーカーを見つけたことであった。
旅の道具をしまっておこうと迷宮に足を踏み入れた僕の先に、眩いばかりに自己主張したビクター犬がいたのだ。
「僕を使ってくださいましワンワン」
ビクター犬は僕にそう言ったのだ。小憎らしい首を傾げた哲学的な畜生は、僕をそう誘惑した。
ちょうど1年もの長い旅の日々で僕は映画欠乏症を患っていた。
映画好きな僕は帰国してから見たい映画が108本ほどリスト化されていたため、このスピーカーなる存在は非常に魅惑的だった。
「ダディ、これは使えるの?」
ダディは言った。
「知らん。でもこれは就職してすぐに無理して買ったすごく良いやつなんだぞ」
我が家にある「すごく良いやつ」は僕の珠玉の蔵書たちしかいないと思っていたのだが、まさか僕が寝ている板の間一枚奥にそんな物が眠っていたとぅわぁ!!!
ダディをさっぱり信用していない僕は当然のように型番を調べてオークファン等で調査した。これは我が家の教育の賜である。
ビクターのスピーカーは割りに良いものであった。
ダディにたまにオフコースを聴かせるという条件で、僕はスピーカーをゲットした。
ここで問題が起きた。
スピーカーは僕の安いコンポに繋いだ。音はきちんと鳴ったのだ。
じゃあ、テレビにつなげてみっか・・・どうすんの?
僕は自慢じゃないがここで初めてアンプなる者の存在を知る(やっとアンプが出てきた)
アンプってギターやる奴が見せびらかすために持ってるものかと思っていた。
アンプが無ければスピーカーは宝の持ち腐れだという。数十年持ち腐れしていたスピーカーのくせに。
そしてそこから僕のオーディオネットサーフィンが始まる。
この新しい物を買うためにいろいろ調べるという作業は、究極的に日本の労働環境にあっているのだ。
毎日毎日ルーチンワーク&ホンネとタテマエ。そんなアメーバ状の日常を浄化する一時こそ、この新たな領域への知識欲求である。
労働の対価とは金でしか無い。本田圭佑ばりに意識高いか、所ジョージばりに仕事が遊びみたいな人間以外はコレだろう。
目に見えないストレスを浄化するには、(バカンス休暇もない日本人にとって)労働の意味を現物で眼前に召喚するしか無い。その頂点が家である。日本人の持ち家信仰はここに尽きると思う。
そんなことで毎日毎日仕事を終えればネットと本屋でオーディオなるものを知るために僕は泳いだ。インディージョーンズのようなトレジャーハンター気分は、つまらない日常へのカンフル剤だった。
価格コム、Amazon、ヨドバシ・ドット・コムのレビューを洗いざらいめくり上げ、オーディオ雑誌を際限なく読みふける。
買い物とは情報と理性である。
情報を整理して見極め、そこに理性という名のチェック機構を働かせる。
自分の資金を確認→今後の拡張性を考察→中古でも良いのか?→新機種情報が気になる→型落ち情報も気になる→そもそもこれ要るのという原点回帰→レビューの悪い評価を見続けノイローゼに→あ~今日は何も考えないぞ→決めた!→やっぱり嫁に相談・・・
物欲という怪物に情報を武器に持つ理性が立ちはだかる。
そして買ったのがmarantz PM-6005/FNちゃん。
初心者のくせに「これぞアマチュア臭い」のは嫌いという消費者心理のど真ん中にいる僕は、Marantzの料理しやすい上客の一人であった。
こいつはかなり良くやってくれた。
スピーカーも大喜びだし、2チャンネルだが映画もバッチシ。声と爆発音の差がひどすぎたBlu-rayも、落ち着いてみることができるようになった。
リモコンが使いづらいのはご愛嬌だが、所有欲を満たしてくれるデザインが僕をほくそ笑ませてくれる。
でもこれはオーディオ沼の序章でしか無かった。
ONKYO C-N7050
ONKYO ネットワークCDプレーヤー ハイレゾ音源対応 シルバー C-N7050(S)
- 出版社/メーカー: オンキヨー
- 発売日: 2014/08/12
- メディア: エレクトロニクス
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アンプを買ったらプレーヤーがいるのは、お酒を呑んだら酔っ払ってしまうのと同じで必然なのであった。
しかし、僕はだまされない。
価格コムの辛口クチコミニストの皆様がおっしゃるには、オーディオのカネのかけ方はスピーカー>アンプ>>>プレーヤーだということ。
よってプレーヤーは抑えめで行こう!と思ったら、このプレーヤーがクセモノなのだ。
まず今やCDを回せばよいだけではなく、ネットワークプレーヤーなるものが出てきたのだ。ハイレゾとかいう沼臭い妖しい商品には興味はないものの、ネットで音楽を買ったり管理する時代、ネットワークとの連携は至極当然の道のりであった。
ネットワークプレーヤーと言ってもUSBで接続したり、WIFIに繋いだり、HDD搭載まであったり、とにかくよくわからん。
しかもUSB-DACとかNASとかいう究極によくわからんものまであるのだ。
そこで四苦八苦して選んだのがONKYO C-N7050であった。
これはUSBでもWIFI(無線/有線)でも音楽が聴ける。もちろんCDも利用可能だ。
将来的に拡張したとして費用対効果がもっとも良さそうな万能プレーヤーだった。
本当はMarantzで揃えたかったけど、同じ系統の商品がべらぼうに高いので、手堅くONKYOさんになった。
使ってみても可もなく不可もない存在で、ネットワークへの移行最終期である今、まず失敗が少ない商品であると思う。
SENNHEISER HD598
【国内正規品】ゼンハイザー オープン型ヘッドホン HD598
- 出版社/メーカー: ゼンハイザー
- 発売日: 2010/11/01
- メディア: エレクトロニクス
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なぜだ!!!
せっかくオーディオセットを揃えたのに、ヘッドホンを買うのかこの馬鹿野郎!!!
否!
オーディオセットを揃えるということは、ヘッドホンを手に入れるまでが真の完結であったのだ!!!
オーディオセットで音楽/映画を楽しむ→ミッドナイト・マイファミリー「五月蝿い!!!」→ボリュームを小さくする→迫力のない音では満足できない体になっていることを悟る
まさに本末顛倒!!!
オーディオセットのおかげで、えらい高尚な耳になってしまった。
それ故に我が耳は「迫力がなければヘレン・メリルもショスタコーヴィチもマーヴィン・ゲイも聞けねえZE!」とふんぞり返るのだ。
じゃあと家にあるヘッドホンを探すと、そこにはしなびたダイソー印の巻取りイヤホンがポツン。
たしかまだあったはずと、以前使っていたAmazonタイムセールで買った4,000円のビクターのヘッドホンの存在を思い出し、夜中にガサゴソと探し始める。
ダンボールの奥のほうで何でもないような事が幸せだったと思うような顔をしたヘッドホンを救いだすと、イヤーパッドがボロボロになった哀れな姿を露呈した。
そしてまた終わりなきヘッドホン・ネットサーフィンが始まる。
開放型と密閉型の違いから始まったヘッドホンの旅は、AKGやBEATSやSENNHEISERというなんかかっこいい名前のメーカーまで幅広く行き渡った。
Ωとかヘッドホンアンプとかますますわけのわからん世界が広がっていた。
結局、この大量消費社会では商品というものは細分化された序列を持っている。
高い物は性能とブランドの所有欲を満たすが、それを上限まで満足するには周辺機器も同じランクにまで持ちあげなければならない。
ではランクを落とすとなるとそこには微妙な価格設定があって、「もう8000円だせば上のランクが買えるんか」となる。この絶妙なラインをひいた奴は天才に違いない。
これはヘッドホンだけにかかわらず、全ての商品に言える。売り手は目の前の買い手がどの価格のラインまでめいいっぱい金を出せるかを推し量り、それとなく語りかける。
「このランクなら10年使っても問題ないレベルです」「だいたいみなさんこのランク以上のものをお買い求めになります」「このランクからがアマチュアとの境でしょうね」・・・
ということで僕が買ったのはゼンハイザー HD598だ。
ご存知「これ買っときゃ間違いない」の代名詞である通称プリンちゃんだ。
ランク、値段、性能、所有欲、どれをとっても「まあ良い」の優等生。
しかしお値段が22000円~というこれぞ微妙な価格設定!
他メーカーもこの20000円台がオーディオ沼の入り口と見ているらしく、それはすごい力の入れようだ。
HD598は現在エージング中なので本来の音質には達していないだろうが、プリアンプがあるのなら音は十分だと思う。
これを買うためにわざわざド田舎からヨドバシカメラまで行って聴き比べをしてみた。
HD598以上になるとたしかに音はすごいが、ヘッドホンアンプなどの周辺機器もそれなりのものを揃えなければならない事を考えると、ここがコストパフォマンス的に最高到達点だと思う。
次々に増えていくオーディオ機器もここら辺で止めておかなければならない。
そう思った僕は、オーディオ雑誌のお宅訪問コーナーを眺めるのだ。
そこにはざっと数百~数千万円という人生を賭けた恐怖の部屋の中でにこやかに笑っておられる猛者たちがいる。
部屋は到底人間の住んでいる生活感などは微塵もなく、そこには選ばれし男の中の男のみが立っていられる物欲の殿堂がある。
この部屋より、この人達の人生や家族のコメントが気になるぐらいだから、まだ僕は大丈夫なようです。
コーヒー
世界を巡って一番思ったことは人々の日々の過ごし方の寛容さだ。
どの国の人も一日の中でホッとできる習慣を持っていた。
インド人はチャイ、モロッコ人はミントティー、スペイン人はバルで酒、フランス人は朝のエスプレッソ、台湾人の飲茶、チェコ人はもちろんビール・・・
どこでも家族や友人たちとそんな一時を生活の一部として過ごしていた。
ん?日本は?
そんなもんはない。生活の一部となっている習慣、飯を食ったり歯を磨いたりという当たり前のことではない、ホッとする無駄な一時、そんなもんがないのではないか?
スペイン人はシエスタという長い昼休みがあって家族と食事をする時間がある。行きつけのバルがあってそこに行けばいつもの仲間たちがいる。インド人もモロッコ人もそういう一時をもっていた。
公私が混同されすぎた日本では、そんな時間の分け方はないような気がする。
家族は夜食ぐらいしか揃えわないし、友人と遊ぶのも休みを合わせてからでないと会うことすらままならない。
そういうところが日本人の勤勉性なのだけれど、僕はそれが苦手だ。家に帰ってまで仕事のことなんか考えたくもない。
ということでコーヒーを生活の一部にしようと試みた。
ただコーヒーを飲むんじゃなくて、家族と一緒に話をしたりする時間としての意味がある。
おかげで旅の前よりは日々の暮らしにゆとりが出来た気がする。
こういう時間の使い方を寛容できるというのが、世界で学んだたくさんのことの中の一つだ。
無印のソファー
ソファーが欲しかった。
旅の前はサザエさん一家ばりに地べた生活だったのだが、長椅子が腰に悪いということを知ったのと、夫婦で暮らす部屋には良いソファーがあると良いとBRUTUSで読んだからだ。
でもソファーって意外に高い。
そして種類もたくさんある。
だがしかし、ソファーは妥協してはならない。そうcasa brutusで読んだ。
上述した通り、僕は庶民のくせに庶民的なことが大嫌いなプロ庶民なのだ。
これも上述した通り、こんなプロ庶民ほど扱いやすい消費者はいない。
こういう質の悪い輩を手玉に取るのが『無印良品』だ。
庶民的に見せて少し優越感があるような商品・・・というか価格設定。
この価格設定がこれまた絶妙で、プロ庶民を満足させるにはここしかないという値。
みたいな奴は、無印良品に吸い込まれていく。
プロ庶民の弱点は、「ちょっと値は張りますけど、素材とかコーディネートとか環境について考えぬいてますよ~」というのに弱い。※patagoniaとかもね。
要するにデフレゴリ押し企業でなければよいのだ。中身はどうあれ。
そんな無印良品で一目惚れしたのはこのデニム生地ソファー。
見つけた時は、「ソファーがデニムだぜおい!おい!おい!おい!」とアニマル浜口みたいになってしまった。
しかしこれがまた高い!
2.5シーター・ワイドアーム・ダウンフェザーポケットコイルクッションにデニムカバーで9万円近くする。
これまたランクが3つあって、ダウンフェザー>羽根>ウレタンとなっている。
「長い間お使いならおすすめはダウンフェザーですよ~。ウレタンは長い間使っていると偏りや凹みが出てしまうので~」
と、無印良品らしい自然素材の服を着た白樺の樹に寄りかかってそうなさわやかな店員は言った。
僕は嫁さんとショッピングモール内を2時間ばかしうろうろし、時に「じゃあウレタン売るなや!」とか文句を言いつつ、意を決して清水寺の舞台から華麗に飛び立った。
無印良品週間で10%引きだったのを勝手に運命だと思い込みながら・・・
ちなみにソファーはすぐに届くが、デニムカバーは毎回オーダーになるらしく、1ヶ月半ほど待つことになった。
真っ白なソファーと1ヶ月半もの何だか気まずい生活が続いた。
ちなみにダウンフェザーの座り心地の良さは3日で慣れてしまったが、カバーは洗濯もできるので非常に良い買い物をしたと思う。
ドでか無香空間 1800g
で、いきなり現れたこいつ・・・
今年買って一番良かったものである!
これだけ大金を使いいろいろ語ってきたモノたちではなく、こいつである。
我が家では恐ろしい悩みがあった。
弟の腹がイカれているということだ。
弟はかなりの偏食で、しかも自称グルメ。
たいして良い物を食ったこともない田舎者のくせに、そこは井の中の蛙大海を知らず。
まあとにかく偏った思想の持ち主なのだ。
生き物は恒常性を保つことを是としているが、弟はまさにそこへの反逆として存在する。
その生き物としての反逆は、原罪として我々家族に降りかかった。
強烈なおトイレ臭である。何とも言えないおトイレ臭。
本人に自覚はないので、多分深刻な内臓疾患だろうが、可愛い我が弟は大の病院嫌いなのでそんなことは気にしないのだ。
しかしそれを日々浴びている残された家族としてはたまったもんじゃない。
臭い・・・というより「え?なになになに?」って感じの臭いなので、匂いフェチにはたまらんだろうが、残念ながら僕は尻フェチだ!
そんな哀れな呪われし一族を、グーグル先生は救ってくださった。
グーグル先生は数多ある情報からこのドでか無香空間をお遣わしになった。
900円を全部ポイントで支払いヨドバシ・ドット・コムからやってきた無香空間は、それはもう黒船だった。
でかい!キムチ大容量パックよりも、味噌大容量パックよりもでかい圧倒的な重量感。
「といれをせんたくせねばいかんぜよ!」
と、僕はこいつを我が家の魔窟へと解き放った。
弟は死んだ。
いや、弟の存在は消えた。
というか、トイレには何も無くなった。
完全なる無香空間!末恐ろしい破壊力。完全に原罪のイオンは滅却され、無害な田舎のそよ風へと変わった。
ああ、人間は恐ろしい物を作ってしまった。
まとめ
すげえ散財した・・・
まあ新生活というのもあったし、旅行で余った資金があったので、かなり景気よく振る舞えたわけだが。
世界一周という一年間毎日がスペシャルな休日という最高な日々の代償は、毎日毎日僕らは鉄板の~♪という被害妄想だ。
「甘えんな!」と言われるとごもっともだが、「世の中みんな我慢してんだから」みたいなことは少し違うと思う。
この社会が同調圧力的なのは大いに問題ありだ。自殺や有給や育休が取れないなんていうのも、ブラック企業や社畜なんて言葉があるのも、みんな原因はここにあると思う。
若者が生きづらい社会、結婚や子供がリスクなんて言われる社会、う~ん悲しい。
世界一周してから日本に帰ってみると、豊かで安全でおそらく世界で最も住みやすい素晴らしい国だというのを再確認できる。
でも高度なシステム化の先には、ゆとりのない不寛容な社会になっているという一面もある。
そういう面も踏まえて、楽しい生活とはなんぞやと考え、そして気づけばこの散財ではあった。※ちなみに気の進まないお付き合いや酒や博打は全くしていない。
結局新たに働き出して一年近く経ったが、日本で楽しく生きることは(当たり前だが)身の回りの環境を心地よくすることだと思った。
プライベートな空間を如何に構築するかと考えているだけでも楽しいし、日々の仕事にも目標ができる。北欧のような考え方が合っているのかもしれない。そのうちDIYとかしだすかも・・・
やはり公私混同しがちな社会なので、自分が落ち着ける空間、家族や友人たちと楽しめる空間、というのを大切にしていきたい。
・・・とかいって要するにこれはすべて散財の言い訳である(^O^)
ミニマリストの逆を行く、物欲大権現様となって明日も仕事に向かおう!