迷宮都市フェズ 皮なめし地区の客引きが噂以上だった
4月23日
砂漠の町に2日も停滞させられたせいですっかり砂漠タイムにうつつを抜かしてしまい大変移動が面倒だ。
フェズまではメルズーガを19時発-4時半着という意味不明なバスで向かった。
朝の4時半にフェズに到着してみるとダウンを着こむほどの寒さ。
砂漠とのギャップに体がついていかない。
7時まで駅で寝て宿に向かう。久しぶりの移動で心身ともに疲れきっていた。
迷宮都市フェズ
千年以上も前から姿を変えていないといわれるフェズは、モロッコらしいゴチャゴチャした迷路のような町だ。
モロッコは方向音痴にとっては恐ろしい国である。
メディナ内の道は日本でいうところの路地であり、わかりやすくいえばドンキホーテの店内くらいごみごみしている。
これといって目印もなく、看板をやっと見つけてもアラビア文字で読むことができない。
人に聞こうにも「自称ガイド」がウロウロしており、あとで高額請求を喰らうハメになる。
要するに独力で道に慣れるしかない。
GPSやカーナビに慣れ親しんだ日本人は、己の退化した空間認知能力をフルに活用しなければならないのだ。
ということで路地という路地に目印を付け頭に叩き込む。
白神山地のマタギはちょっとした窪みまですべて覚えているので、あの大自然の中を自分の庭のように歩けるのだという。
嫁と二人で老獪なマタギの如く各々目印を付けフェズの奥深くまで進む。
フェズは観光というより買い物が主である。
我々はマラケシュで買い物は済ませていたため特に用がない。
しかもトドラ峡谷とサハラ砂漠という大自然の中で10日も過ごしていたため、このフェズの雑然とした感じに目眩がする。
モロッコという国が観光都市として人気なのはこの極端なギャップがあるからに違いない。
マラケシュやフェズでは町が一日中喧しく嫌というほど人間を感じ、サハラ砂漠に行けば果てしない孤独感に襲われる。
その極端なモロッコの印象が人々を魅了しているに違いない。
皮なめし職人地区タンネリ
フェズといえば皮なめし。
迷宮の中で一際目立つそのタンネリ地区は何が目立つかというとそのニオイ。
生皮を昔ながらの製法でなめしているため、すごいニオイがするのだ。
迷宮深く進んでいくとほのかに「?」なニオイが漂ってくる。
ニオイの先に近づいていくとさらに深みを増すニオイ。
真鍮職人地区を抜けるとニオイと共に客引きが寄ってくる。
「ハイ、ジャパニーズ。カワナメシカワナメシ」
彼らは皮なめし作業が実際に見られる場所へ連れて行ってくれる最初だけ優しい客引きたちだ。
皮なめし風景は建物の上からしか見えない。
というか上から見ないとその醍醐味を味わうことができないのだ。
もちろんショバ代なるものが要求される。世の中そんなに甘くはない。
「5DHで特等席だよ~」※1DH=13円
客引きはねんごろにそう言い寄ってくるが、モロッコ人が最初に言ってきた値段は年頃の乙女のように心変わりする。
なんともいえないニオイが漂う中、建物の上へ向かう。
テラスからはカラフルな景色と過酷な労働が一即多に視界を覆う。
染料が入った坪の上で重そうな生皮をバシャバシャつけている。
すごいニオイだ。この高さでこれなら彼らはどんな気分なんだ?
それにしても過酷な仕事だ。
重そうな、そしてすごいニオイの皮を染料につけ、足場の悪そうな中を肩に皮をたくさん担いで右往左往している。
日本の女の子が「きゃわいい~」と羨望の眼差しで見ている革製品は、こんなマッチョな世界で作られていたのだ。
たくましい男たちは汗に額を輝かせながら、当然のように働いていた。
労働は美しい。
過酷であればあるほど美しい。
彼らはこんな重労働をしても日本人からすれば雀の涙ほどの賃金しかもらえない。
インドでは細い足で何人も乗せたリキシャを引っ張る親父を見た。
ネパールでは信じられない荷物を担いで山を歩くシェルパを見た。
ペルーでは石ころだらけの畑を耕す夫婦を見た。
そんな人達の横を僕はガイドブック片手にタクシーで通りすぎる。
僕が無職で好きなように旅しているのもこんな人達のお陰であるのかもしれない。
過酷な労働風景を眺めるとなぜかそんな罪悪感に襲われる。
だから労働が美しいなんて抜かすのはやっぱり豊かである証拠だと思うのだ。
でも日本にいるとそんなこと微塵も思わない。
だから旅は辞められない。
「日本人ですか?」
そんな風景を上から眺めていると、横から恰幅の良いおっさんがいきなりガイドを始める。
チップはいらないというが皮なめしのニオイより胡散臭いので適当にあしらう。
写真も撮ったし、いざ降りようとすると先程のおっさんが通せんぼした。
「良かったら見ていってよ」
だいたい皮なめし見学場は革製品店になっている。
下の人達とつながっているかどうかは知らないが、とても理にかなった商売である。
「いや、ぼくたちいらないんで・・・」
「はい。じゃあ50DHね!」
い・・・いきなり10倍界王拳!!
「入り口じゃあ5DHでいいって言ってたよ!これじゃあギニュー特戦隊とか省略されちゃうよ!!」
「俺はピッコロ大魔王編までしか見てねえ!さあ50DHよこすんだ!!」
さっきまでの笑顔だったおっさんがドドリアみたいな顔で言い寄ってきた。
「入場料はたしかに5DHだ。でもあんた写真撮ってたよな?写真代入れて50DHだ!!」
僕は薄れゆく意識の中、子供の時に連れて行ってもらったウルトラマンショーを思い出していた。
ショーが終わって写真撮影会が始まった。
するとウルトラマンがステージから降りてきた。
僕は興奮のあまり急いで駆けつけるとお姉さんに腕をガシっと掴まれて言われた。
「ボク?撮影は一回500円だよ」
僕はあの時初めて資本主義社会の「この世は金だ」という真理を知った。
おかげで嫌な記憶も思い出してしまったため、20DHを無理矢理渡して階段を降りていった。
だいたい相場は一人10~50DHらしい。店で革製品を買うと見物料はいらないようだ。
タンネリはけっこうスークの奥深くにあるのでどっと疲れた。
よせば良いのに面白そうな店を覗いたりしていると、
・・・迷った
冒頭でマタギがどうの言っていたが、今やヘンゼルとグレーテルのように、そして安浦刑事のように思いっきりはぐれていた。
何とかフェズの迷宮から抜け出し、宿へ帰り着く。
やはりモロッコの路地をなめてはいけない。
ミントティーを飲みながら、そう深く胸に刻みこむのであった。
そしてフェズの夜は更けていく・・・